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2007年07月 アーカイブ

【(出発前)】 家族団欒

2007年07月01日

約1年ぶりに家族6人揃っての団欒。
レーザー銃が大活躍。

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昨年末くらいから、私は「レーザー銃資金」というものを始めた。

高校バスケ部のタケシ先輩からこの遊びの面白さを聞きつけ、トイザらスの「サバイバーショット」22丁に先行投資。

レーザー(赤外線)で撃たれると、頭につけたインカムが振動するヤツね。
昔のBB弾銃のようなイメージ。

レーザー銃の機能がほんっとよくできてるんよ。

・ ロックオン機能…敵が近くに来ると警戒音を鳴らして知らせる。
・ チーム連携機能…A、Bの2チームに分けられ、敵チームの人を撃たないと反応しない。
・ チャージ機能…10発撃つと弾切れ、チャージボタンを押すべし。
・ 赤外線反射…アスファルトや壁に反射させることができる。入射角、反射角を要検討。
・ ゲームオーバー…10回撃たれると終了、全機能停止。

304511291_190s%5B4%5D.jpgこれを使って、
①クリスマスバトル
②スクールウォーズ
③シティーハンターズ
を3回開催。

①クリスマスバトルは、12月24日イブ夜に代々木公園に集い、いちゃつきカップルを包囲。
②スクールウォーズは、東大の安田講堂前で、警備員に追い出されるまで模擬学生紛争。
③シティーハンターズは、IWGP(池袋ウエストゲートパーク=西口公園)で、マコトやキングたちのように市街戦。

毎回20人超を集めて少額の参加費を集める。
この他に早稲田大学の「うまい棒祭り」、三○物産のレクレーション大会などにもリースして、資金回収は完了。
もちろんプラスでんがな。

これで次は何を買ってみんなで遊ぼうかと計画中。
わらしべ長者的にだんだん資金を大きくしていって、最後は飛行船買ってみんなで乗りたいな。

で、その資金で学校を建てたい。

武器で汚された国で学校に行けない子どもたちがいるなら、私は武器を模したおもちゃで遊んだ資金で学校を造りたい。


レーザー銃を出してきて(父上をびっくりさせてはいけないので6丁のみね)、家族で遊んだ。

特に弟②大喜び。
なかなかよくできた玩具でしょ。お姉ちゃんしばらく一緒に遊べないけど、元気でね。

【日本】 いってきます!!

2007年07月02日

母上が仕事を休んで、成田空港まで送ってくれた。

車の中でもパッキングをする私。

ただね、お母さん、ダンボール1箱分の海藻スープやインスタント味噌汁、
どう考えても多過ぎて持っていけないよ…。でも愛情感じる。

1種類ずつ持って行くに留める。

薬剤師をしている叔母にアドバイスされた薬たちも忘れずに。


まずは17:00成田発、韓国行き。
いってきます!!

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【韓国】 暗記本・韓国バージョン

2007年07月03日

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ソウルのユースホステルにて、友達第1号!

台湾人・シャノン。
始めは英語で会話していたけど、「資格の大原」飯田橋校で日本語を勉強していたことが判明し、途中から日本語。
留学のきっかけは日本のドラマが大好きだからだって。へぇ~!

韓国には、大学3年のときカレッジリーグのバスケ選抜で試合しに来たことがある。
今回わざわざ寄った理由は、半分は仕事。
暗記術本・韓国バージョンの挨拶回りである。

在韓エージェントの李珍姫さん、ドルニュク出版社の営業部長グーさんと、新人のインへちゃんが出迎えてくれた。
揃ってソウルで一番大きい書店へ。


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あった!!

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学習参考書コーナー、しかも平積み角っこ!!
一番いいとこやんけー!!
あざっす!!



CIMG0157.JPGその後、ドルニュク出版社を訪問。











CIMG0165.JPGオフィスはソウル郊外のパジュブックシティという新しい町にある。
この町は、朝鮮戦争に反対した芸術家たちが、抗議の意を込めて朝鮮半島に世界的に価値の高い芸術村を作ろうとしてできた。






CIMG0170.JPG建物の価値がもうすごいのなんの。世界中の著名な建築家がデザインした建物が軒を連ね、それらを出版社が買い取ってオフィスにしている。
建築を勉強している人はぜひ訪問することをオススメする。








CIMG0167.JPG独創性が高い建物ばかり。











そのうちのひとつがドルニュク出版社。

イギリスの著名建築家のビルを1社で所有!? 周辺は林が広がっていて、軽井沢に遊びに来たような錯覚。これなら毎日リフレッシュしに通勤するような感じやなぁ。

CIMG0159.JPG社長(写真中央)は、今年と来年の韓国出版界の長を務める方だ。
私の本を売ってくださって、本当にありがとうございます。








珍姫さんもインへちゃんも日本語ぺらぺら。二人とも勉強のきっかけは日本の小説・ドラマ・マンガ。資格の大原を通じて日本に留学。
資格の大原さん、やりますなー!!日本サブカルの流行をビジネスチャンスと捉えて、アジアの若者を顧客とした。

娯楽のパワーはすごい。やすやすと国境を越える。



また、韓国のネット発達状況は凄まじく、私の本の売り上げも半数近くがネット販売。

東大の仲良し友達、韓国人の崔智英(ジヨン)も、私が「デスパレートな妻たち シーズン2」のDVD販売を心待ちにしている間に、昨日アメリカでテレビ放映されたばかりのシーズン3を韓国のサイトからiPodに落として見ていたことを思い出す。

日本のマンガも、アニメも、リアルタイムで更新されている。



グーさん運転する車は、空港までの道程を少し遠回りして海ルートでドライブしてくれた。
韓国へはトランジット(24時間以内なら途中立寄りできる)で来たので、任務を完了し、次の目的地・北京へ。

【中国】 人民日報記者&在日コリアン&北京大学生と考える―中国共産党・北朝鮮問題

2007年07月04日

北京にて出迎えてくれたのは、加藤嘉一ことヨシ。
我が盟友ジョッキーこと朝倉氏の紹介である。ありがたや。

CIMG0191_.jpgいやはや、こいつぁ凄い。
北京大学国際関係学部の4年生。
日本人留学生会の会長を務め、成績優秀。

完璧な北京語の発音。中国人すら彼を中国人だと思っている、(実は日本人なんだ、というと現地人がびっくりしたような顔をしている。)まさにMr.ローカル。

そして、誰とでもすぐ友達になる明朗な性格、最後までやり切る根性、陸上長距離走者の体力、日本と中国の将来について真剣に考える熱い志で、あらゆる方面で奔走。

日中米のメディア、政府、ビジネス界において引っ張りだこの人物。

海外の大学へ留学して、その国トップの高校で教師も勤め、自分がレギュラーをするテレビ番組を持っている人が果たして他にいるだろうか。

今、中国で最も有名な日本人の一人。


とまぁ、超人のように書いてしまったが、私が彼を一番尊敬する点は常に努力し続けているところ。

昨日はヨシと深夜までビアガーデンで飲み明かす。



今日は北京一素敵な場所だという、胡同(ことう)をヨシに案内してもらう。

CIMG0205.JPG「発展」という方向へ音を立てて変容していく北京の各主要メインストリートを1歩入ると、昔ながらの北京っ子が住む下町が広がる。

この混沌さがいかにも中国らしい。狭い路地に椅子を出し、裸に近い格好同然でのんびりと午後を過ごすおじいちゃん・おばあちゃん。1歩外が嘘のようにゆったりとした時間が流れる。

ええのぅ。



CIMG0221.JPG 夜は、ヨシの北京大学の親友・李志善(チソン)と彼のお父様・李太龍(李憲一)さん、人民日報の記者リャオさんとその後輩で、客家料理を頂く。

甘辛く蒸したスズキと、岩塩の釜に入れて焼いた串刺しの海老が美味やわぁ。






チソンは在日朝鮮人。高校まで日本にいて日中韓英の4ヶ国語を操り、6カ国協議などでは通訳ブースで活躍する…やっぱり世界にはとんでもない学生がいるもんだ。

日本人とのハーフで、祖国朝鮮の問題に将来を捧げたいと模索中。

サッカーの腕前もプロ級!!のナイスガイである。



チソンはちょうど明日が卒業式なので、日本からお父様が訪中。
太龍おじさまは、朝鮮半島統一に文字通り「命を懸けている」とおっしゃる。

統一を何と捉えているのか、と質問をぶつけてみた。ちなみに、昨日の韓国で珍姫さんには、「若者は故国統一に反対。なぜなら、韓国側にとってメリットがない上、コストがかかりすぎる。」と聞いていた。

「アジアの安定のためには、朝鮮半島が統一されることが一番だと自分は考えている。だから祖国統一に頑張っているんだよ」
「北朝鮮を訪問してみると、確かに辛い生活を強いられている国民たちも多い。しかしその一方で、みなアジアの平和のために頑張るんだ、という使命感に燃えているんだよ。これは、北朝鮮の教育では徹底して行われている。」



日本の報道は、金正日の個人的な健康状態だとか女遊びだとかにばかり注目しているが、本質を見ようとしているのか。

北朝鮮の外交手腕はやはり認めざるを得ないほど上手く、一方で日本政府が拉致問題や核問題を外交の手札としてうまく使えていない現状もある(時間稼ぎをしているならまた話は別だが。)

日本の後手後手の外交が変わるにはどうしたらいいか。内圧として、世論及び私の同級生たちが省庁内で頑張っていることは知っている。

しかし、日本外交の性格上、変化の影響力があるのは外圧であり、北朝鮮問題が最も効果が高いと考えていた私は、太龍おじさまの意見に賛成するところも多かった。

ただし、北朝鮮の実態は正直よくわからない。太龍おじさまのおっしゃる教育も実際にどこまで行われているのかわからない。
北朝鮮に行けないかなー。





一方、人民日報・国際部のリャオさん。清華大学卒のエリート。
人民日報は政府のプロパガンダじゃないの?と聞いたら、「対ドゥイ(そうだ)」と明快な答えが返ってきた。

それでもいいと思うのか、むしろなぜそれがまかり通るのか、という質問には、

「政治家以外にも、ビジネスマンや外国人に至るまで人民日報は読まれているが、みな加工された情報だとわかった上で、行間を読んでいる。われわれの役割は、物事に対する共産党の意向を随時伝えること、そして行間で真実を伝えること」
という。

社会主義のプロパガンダが現代で担う役割、なんて面白いメディア構造。





ただ、彼がこの仕事を選んだのは「戸籍」が問題だという。

中国では、労働力の流動化を防ぐため、農村部と都市部の間に戸籍というストッパーがある。
戸籍問題のため、就きたい職業に就けない現状。

リャオさんは、もっと収入のある仕事に就きたかったが、田舎出身の彼は北京戸籍が欲しかったため、
それが手に入る人民日報の記者という職を選んだ。
(超優秀な一握りの人間に限り、戸籍の壁を越えられる仕組みになっているのだ。科挙の流れか)

共産党の作った戸籍制度で仕事の選択肢を狭められ、それでも共産党の手足となって働くことをどう思うの?と多少いじわるな質問をしてみたら、

「制度云々ではなく、その中で自分が何を感じどう行動していくのか、自分をどう最大限に生かすのか、という方が自分には大事。貴方も、仕事を始めたら自分がやりたい領域と仕事が求める領域が食い違ってくることもあると思う。そういうことを感じながらも、精一杯頑張ってほしい。」

という答えが返ってきた。賢い人だな。







チソンに、中国で学んだ最も大きいことは何?と聞いたら、

「スケール」

という答えが返ってきた。



中国では、何をするにも幅がでかい。土地、人口のみならず、不屈の精神、バランス、物事を進めるときの緻密さと適当さ、スピードの緩急、その影響で自分の考え方の幅が広がったという。

でも、限界まで行くと、必ず「共産党」という壁にぶち当たる、と言う。





そうだ。中国には共産党というイデオロギーが本当に強い。

日本で国際関係学を学ぶ、というと、もちろん優秀な学生が集まってはいるが、ややもすると定義が曖昧で“広く浅く”に陥ってしまいがちだな、というのが個人的な勝手な見解だったのだが、中国で国際関係学を学ぶと、大前提として「中国共産党」があるのだ。

これが定義となって、その上に学問が形成されていく。そのような形でチソンもヨシも、4年間学問をやってきたのだ。



学問に留まらず、国内で起こることは何でもそう、共産党が大前提。
その枠の中でなら、何をやっても許される社会。

アメリカだったら、大前提は「国益」となるのかもしれない。

日本は、日本人は、ここまで明確な定義を持っているだろうか。




ふぅ、初日からかなり濃いぜ、北京。

【中国】 北京オリンピック2008

2007年07月05日

CIMG0224.JPG今日は北京大学卒業式。
東大の三四郎池にあたる北京大学の未名湖で、ガウンを来た卒業生を見かけた。



北京大学は世界でも指折りの優秀校だ。東大など目ではない。確か以前見た世界大学ランキングとやらでもかなりの上位だった気がする。

何せ3000人の枠に840万人が応募、倍率など考えただけでくらくらする。

天才たちの集まりと言うことに加え、計り知れない現在の中国国家の注目度が相まって、今北京大学を訪問する要人は他と桁違いのレベルである。

ブッシュ、ライス、ビル・ゲイツ、アナン事務総長、緒方貞子、真山仁(『ハゲタカ』の作者で、現在『北京2008』を東洋経済で連載中)…。


北京大学、そして凄まじい勢いで発展する北京にいると、世界の動きを感じる。



CIMG0227.JPG街中では、どこもかしこもオリンピックのスローガンで溢れかえる。

しかし、東京オリンピックは高度経済成長の引き金になって、日本に中流階級を大量に生み出したけど、果たして北京ではどうなるのかな。

格差の激しい中国で8割を中流階級にするなどありえない。
オリンピック後に一体何が起こるのか。



中国では8は縁起のいい数とされる。
オリンピック開幕は2008年8月8日8時8分。なんつー戦略や。
今回のオリンピックは政治だ。夏真っ盛りの北京は猛暑、選手のことなど何も考えていないね、という話も耳にした。



地下鉄で向かった先の王府井(ワンフーチン)でヨシと分かれ、ひとりぶらぶら街歩き。

有名な天安門へ。塀が大き過ぎてなかなか門まで辿り着かない。
天安門広場は広大、バチカン市国を思い出させる。



CIMG0253.JPG歴史を感じさせる故宮。
入口閉鎖まで2分あるのにケチなチケット係が中に入れてくれなかったので、帽子を目深に被り団体客の一員の振りをして入口を通過。悪い子でごめんちゃい。
おおー。ここで皇帝が治世をしたのかぁ。
しかし、工事中が多い。これもきっとオリンピックのための修繕。




CIMG0257.JPG景山公園に入り、故宮を見下ろす。
ヨシから借りてきた『イチロー252の言葉』を読んでのんびりする。
風が気持ちいい。








CIMG0264_.jpg北海公園の方へ抜けて、池の脇をぶらぶら歩く。
夕日が綺麗。
散歩コースに最適。












CIMG0290.JPG脇道を行くと胡同(フートン)があった。
北京の面白いのは、著名建築物や乱立ビルの合間に、こういった下町風情の庶民住地が広がっていることだ。
建て壊しが多い。中国人はあっと言う間に壊してあっという間に作り変えてしまう、とヨシが言っていた。






CIMG0307.JPG一人っ子政策の象徴のような風景。
レースひらひらのお姫様のようなドレスを普段着に着る幼い女の子を何人も見かけた。










そして北京の渋谷のようなところに出る。
店の様子も行き交う人々のファッションも日本と変わらない。


疲れたのでマッサージへ。
あまりの気持ち良さにヨダレ垂らして爆睡。
北京に着いたときに買った70元≒1050円のプリペイド式の携帯に何度もヨシの着信が入っているのすら気づかず。チソンまでメールをくれている始末。
心配掛けてごめんなさい。
ちなみに北京のケータイも日本のと全く同じ。


***

ヨシのお陰で、16日北京発・モンゴル・ウランバートル行きシベリア鉄道の切符がゲットできた。
それまで時間があるので、無理を承知で北朝鮮かチベットに行きたいと言ったら、
「北朝鮮は今自粛令が出てるからビザ取得がいつになるかわからないけど、
チベットは中国人のツアーでよければすぐ手配してあげるよ。」
マジですか!
行きますとも!!
というわけで、9日夜からチベットに向かいます。

【中国】 自殺率の一番低い国

2007年07月06日

北京の街を歩く。

・中国の新聞は中国の匂いがする。
・新聞配達はなし、街中のスタンドで買う。
・7割は信号無視、事故に遭うのは自己責任。
・バイク・チャリで溢れていたのはとうの昔。今はフォルクスワーゲンがばんばん走る。

・列の割り込み当たり前。
・北京の日中気温35度。
・自炊するより外食する方が安い。1日30元≒450円あれば十分。
・北京っ子は巻き舌が好き。標準中国語とは違う。

・北京語と上海語も全く違う。方言のレベルを超え、まるで違う言語のよう。
・中国語には「ごめんなさい」の言葉はない。自分の否を認める文化はない。
・どんなときもトイレットペーパーは手放せない。
・衛生の観念に乏しい。

・ここ数年で女の子はメイクをするようになったが、脇の下などのムダ毛処理はしていない。
・日本と変わらぬ商品。精神より物質が先行している。
・マクドナルドよりケンタッキーが、ソニーより韓国系サムソンが強い。
・とにかく人、人、人。多過ぎる人口がこの国を圧迫している。


日本からの留学生・翔くんの好意で、宿から北京大の寮に移ることにする。
タダって何てありがたい。謝謝。


CIMG0346.JPG夜、太龍おじさまに紹興料理をご馳走していただく。
チソン、チョン・テギョン(大慶)くんも一緒。

おじさま曰く、
「中国人は車で決してバックをしない。謝らないが、相手を負けさせる懐の深さがある。
中国は人口比の自殺率(先進国中?)が一番低い。
彼らは合理的で、余計なストレスを溜めるようなことをしない。」

なるほど。そういう感じも受ける!上に追加したい。


「歴史を勉強するのは、社会の流れに常に敏感であり、ここぞというときに明確な判断を下せるようにするため。だから私は勉強し続ける。」

在日コリアンとして活躍するおじさまらしい発言。その勤勉さには見習うべきところが多い。
特に旅をしていると、歴史の勉強や社会の流れに敏感になることがどれほど重要か痛感する。

紹興酒が進む進む。

最近の流行のスポット、后海(ホウハイ)のバーに場所を移してウイスキーを飲む。
ここでの会話、最高だった。
ただ、自分の力不足・認識不足も痛感した。
もっと大人になりたい。

その後、ほろ酔いになった太龍おじさま曰く、

「ダンナ探しで世界一周なんて恐ろしい女だと思った。俺たちの頃は男が女を選ぶ時代だった。」

「あなたのような女性とは結婚はしたいと思わない。でも恋愛はしてみたいと思う。」

そこでこっそり、私の旅の真意をお話した。

みんなには内緒よ、おじさま。

夜も更けていく。


<今日のグルメ>
CIMG0344.JPG太龍おじさまの薦めで、毎日の食の記録を付けることにした。


后海近くの伝統的な紹興料理屋。紹興酒に合うメニューが勢ぞろい。
誰もが頼むのが茶色い豆。味付けはなんとハッカ。
そしてスズキの煮付け、蟹、海老…と盛りだくさん。
濃い目だが決してくどくなく、箸が進む。
温めて飲む紹興酒が最高。
一人用の熱燗キットがかわいらしい。


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【中国】 万里の長城で万里の友

2007年07月07日

北京に来たら万里の長城へ行け、ということで、徳勝門からバスで向かう。

八達嶺行きのバス停はすごい行列だが、知らないおじさんが、「こっちへ来い」というようなことを言う。
ついて行ったら一番前に割り込ませてくれた。
中国人は割り込み当たり前、郷に入っては郷に従え、ということでありがたくすぐバスに乗り込む。

CIMG0357.JPGよっしゃ登るぜ!!














CIMG0376.JPG6月で学年が終わる中国は今夏休み。土曜日ということもあって人・人・人。
万里の長城・八達嶺は人で溢れかえっている。
歩くだけでも体力を使うので、暑さも相まってみな顔はしんどそう。

観光化されているのが嫌なので、人々を追い越し南の端の方まで行き、行き止まりを乗り越えて飛び降り、誰もいない部分を歩く。


CIMG0360.JPGうーん、爽快!!風が気持ちいい!!!
どこまでも続く長城。
遠くの山の隙間にまでちらちらと見えて感動する。
これを延々と造り続けた中国人のパワーはすごい。








CIMG0375.JPG同じく塀を乗り越えて後ろからやってきた中国人JANたちと仲良くなる。
ソフトウェア会社勤務ですごい陽気。こっちまで楽しくなる。スプライトときゅうりをごちそうしてくれた。

ドイツ本社から出張で来ていたステファンも紹介してくれた(僕は命が惜しいからここで待ってると言って彼は飛び降りてはこなかった笑)。
ドイツに来るなら案内してくれるという。よっしゃ!!万里の長城で万里離れた友達ができた~!


夜は、私に寮の部屋を提供してくれた小山翔くんとチソンと一緒に寮の部屋でビールを飲みながら語り合う。
二人は留学生によるボランティアグループを組織していて、今中国で格差が問題になっている東北の農村部などで活躍。
二人とも先日北京大学を卒業。おめでとう!

翔くんは明日日本に帰り、明後日から日本の金融機関で働くことが決まっている。

チソン曰く、

「共産主義なんて建前だってみんなわかってる。」
「今は経済発展で清華大学出身のテクノクラート(清華大学は理系で有名)が中央部に多いけれど、それが成熟したら思想系に強い北京大学出身者の時代が来ると思う」

翔くん曰く、

「中国は政治変動が多かった国。根本はずっと変わっていない。」
「その中で中国の将来を考えたら、今の最優先課題は、医療<教育。」

後は恋愛話、将来の話…夜は更けていく。

<今日のグルメ>
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夕飯はチソンと翔くんにお供し、北京大学の南、海淀橋を通り過ぎた本屋の隣の麵屋さんにて。看板も何もなく、知る人ぞ知る地元の店。
砕肉拌面、10元≒150円。この店の定番。
たっぷりの野菜ベースの具とほどよい硬さの麺が絶妙に(大げさ?笑)絡み合う!
地元の人らしく、生のにんにくをかじりながら食べる。息の臭さはご愛嬌。お好みでお酢をかける。

【中国】 バスケ勝負中国編・“生意”

2007年07月08日

気持ちのいい朝。北京大学内をランニング。
バスケコート発見!
こりゃ勝負するしかないっしょー!
北京大学生、かかって来い!!

CIMG0390.JPG始めはそばでじーっと見て、次にボール拾いに協力し、そのうちシューティングの仲間に入れてもらう。
そして勝負を申し込み、5点先取の1on1で話がまとまる。
いざ!

結果。
2勝0敗で1位♪
あたしに勝とうなんて10年早いのよ(注:バスケになると人が変わります)。
勝ったぜ中国!笑


大学3年のときにカレッジリーグの遠征でソウル・香港・杭州で試合したことを思い出す。

杭州では反日運動がひどく、試合中は満員の客からブーイングの嵐。
ファウル数や試合時間、得点などを誤魔化された思い出がある。
私も首にエルボーをくらって呼吸困難で一時交代(もちろんファールにはしてくれなかった)。
勝ったからよかったけど。
試合終了の合図がドラゴンボール天下一武道会のドラとそっくり同じだったのが面白かった。


寮部屋で中国の政治史や政治体制についてネットサーフィン。
ここにいると自分の勉強不足を痛感すると共に、泉のように興味が湧いてくる。


解約したドコモのアドレス帳バックアップデータを取り込むのにWindows Office のAccessが必要、ビューワーのダウンロードに失敗したので、一人ぶらぶら電気屋へ。
海賊版のOfficeセット(Word,Excel,Powerpointなど8種類ほど)がなんと150元≒2250円、値切って80元≒1200円。安!!
知財法問題のリアルがここに。

でも店員と交渉(巨大電気屋は英語可)したら、私のVAIOタイプTに入っている本物版と互換性がないかもしれないのと、中国語と英語のソフトしかないので結局保留に。


午後はチソンの部屋に遊びに行って将来を語り合う。
朝鮮と日本は徳之島にルーツを持つチソンは、中国で学び、再来週からアメリカに旅立つ。
朝鮮統一をライフワークにしつつ、それをさまざまな角度から捉えようとしている。
その原動力は何か。
アイデンティティとは一体何か。

カナダ国籍の香港人、知予(ユジン)とも友達になる。彼もオーストラリア系の金融機関へ。
易々と国境を越え、オリジナルのアイデンティティを持った彼らは、新しい時代を担うリーダーになるに違いない。
私も頑張り続けよう。努力を止めることは絶対にできない。そうすれば必ず、道が交わる時が来る。そのとき胸を張って再会したい。



夜、加藤千洋さんから夕食に招待していただき、胡同へ。

CIMG0396.JPG朝日新聞編集委員・テレビ朝日コメンテーターを務められ、「報道ステーション」などでよくお見掛けする方である。つぶらで少年のような瞳が印象的だ。

今夜のお洒落なお店を紹介してくださったのは原口純子さん。雑誌『BRUTAS』などに携わる在中13年の素敵な女性。13年前にパリから北京に移られるという、その先見の明に驚く。インテリアや旅行などは企業とのタイアップ記事が多く、経済発展と深く連動するお仕事だという。

今回の加藤さんの来中目的は、朝日新聞の連載記事の取材。
中国の農村・都市格差において、「今日取材した教授の意見で、“農民は今のままでいい、彼らはしたたかに強く生きている”というのがあって面白かったよ。」とおっしゃる。
チソンが農村援助のボランティア活動をしていたこともあり、話が盛り上がる。

「中国人は転職が当たり前。13年前からの友達で今でも同じ職に就いている人はいないのよ」と原口さん。

それを受けて加藤さん、
「中国では、商売のことを“生意”と書く。“生きる意味”だね。」


そう、中国人は強く生きている。都市でも農村でも、商売の天才・中国人たちはそこに生きる意味を見出し、常にポジティブにどんなことがあってもめげずに前進し続ける。それがこの国のパワー。

私の“生意”はなんだろう。しばらくは、旅、ということにしておこうか。


CIMG0400.JPGその後、チベットへと向かう私をヨシ、チソンが北京西駅まで送ってくれた。
ありがとう。二人とも大好きだよ。
もっともっと成長して、将来必ず再会したい。








<今日のグルメ>
CIMG0394.JPG原口さんオススメの“paper”。后海近くの胡同に佇むモノトーンがお洒落なお店。
マレーシア系の店主が中国人店員に英語を徹底させ、有機野菜を使うこだわり。
海老、鮭などが繊細に調理され、東南アジアに起源を感じさせる味付け。モヒートの爽やかなミントが夏にぴったりで美味しい。

…それにしても私太ったなぁ。恐るべし食の大国。

【中国(チベット)】 青蔵(チンツァン)鉄道の5レンジャー

2007年07月09日

北京発ラサ行青蔵鉄道、21:30発。
チリを抜いて、世界一高いところを走るようになった鉄道である。

団体ツアーは好きではないので参加したことがなかったのだが、今回初めてのツアー参加が中国人のツアー。なかなか楽しみ。
座席表を見ると、私の職業欄は「教師」になっていた。
この適当さこそ中国。

6人部屋で中国人5人組と一緒。
友達4人組とその中の一人のお母さん。キャラ立ちしているので、勝手に5レンジャーの5色に当てはめる。

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おしゃまなランツァー(ピンクレンジャー)、おっとりボーズ(青)、マイク(英語名にしたいからこう呼んでくれという笑。本名は王くん。中国婦女報勤務。赤)、ひょうきん者の女の子タイガー(同前、黄)、保護者役リリサ(緑)。

眼鏡の赤レンジャーと髪の長いピンクレンジャーは彼氏彼女らしく(赤とピンクが恋人なんてお約束?)、始終いちゃいちゃしている。付き合い始めて1ヶ月くらいかなぁ。微笑ましい。


そのうち、どうやら私が部屋を間違っていたらしいことが判明。
「ワカ、大丈夫。何とかするから」と、もう既に仲良くなっていた私が部屋に居られるように車掌さんと交渉。
嬉しいけどこの険悪な雰囲気、大丈夫なのか…?
結局、言い負かしてしまう。
この融通さこそ中国。


CIMG0406.JPG列車の中は、私たちのいる2等が3段ベッドの6人部屋。
1等は2段ベッド。
3等は普通の座席、肌の浅黒いチベット人が多い。
そして食堂車。










朝起きて、社内探検をしたり、北京で買ったチベット英語版ガイドブック(ロンリープラネットは見つからず)を読んだりしていたが、旅の疲れもあったのかトータル16時間くらい寝ていた。


そして夜7時頃、身体に異変が。

頭ががんがん痛い。ハラワタがひっくり返されたように気持ちが悪い。

これが高山病か…!

昔家族みんなで富士山に登ったときは大丈夫だったのになぁと苦しむ意識の中で思いつつ、2回ほど吐く(アレ?高山病じゃなくて車酔い?)。

その瞬間、5レンジャー出動!!

緑は私の身体をずっとさすって傍にいてくれ、赤はお湯を汲んで車掌さんを呼びに行き、青はスーツケースから薬を出して飲ませてくれ、黄は梅干を食べさせてくれた挙句に一袋まるごとくれ、ピンクは低い方のベッドと代わってくれて寝かしつけてくれる。

あぁ。有難い。家族みたいにあったかい。
この懐の深さこそ中国。

謝謝、5レンジャー。


CIMG0410.JPG <今日のグルメ>
チンザン鉄道の車内弁当。
朝食10元≒150円。一緒に付いてくる黒米のお粥が、味はついていないがお腹にやさしくヘルシー。
昼食になると20元≒300円。左側のおかずは朝ご飯のハム、青菜の茎、卵を炒めただけに違いない。
夕食は気持ちが悪くてパス。

【中国(チベット)】 Whenever, Wherever

2007年07月10日

青蔵鉄道で迎える2回目の朝。
目が覚めると、気持ち悪さはすっかり治まっていた。

午前中はシャキーラの"Whenever ,Wherever"をiPodで聞きながら、青海省の雄大な大地を見て物思いにふける。

私は島国の女(大真面目笑)。
そして中国は大地の国。

CIMG0411.JPG田園。故郷の茨城とは土の色が全然違う。
だんだん、空が近くなってきたような気がする。
時折、羊や牛の遊牧が見える。










昼に「ムーンケーキ」=月餅と、乾燥イチジクを緑レンジャーがくれる。
午後、5レンジャーに中国語を習う。

祝大家旅途愉快!
随着海抜増高、気温就降低。

CIMG0425.JPG車掌さんも輪に加わる。
みんなで「カッコイイー!」と私が教えた日本語でからかう。
赤レンジャーとピンクだけでなく、黄色と青もカップルのようで、3組目のカップルとして私と車掌さんをくっつけようとする遊びが始まる(笑)。

ルー・ポンフェンさん。22歳。確かにイケメンやわ! 笑顔がすごくいい。
見つめ合ってお互いどきどきしながら微笑む。なーにやってんだか私。
昨晩、私を助けてくれたという。


CIMG0435.JPG酸素チューブで遊ばせてくれる。
















青海省とチベットの境、那曲(ナクチュ)駅で途中停車。


CIMG0440.JPGそしていよいよ、2泊2日47時間の列車の旅を終え、チベット(西蔵、Tibet)の中心、ラサ(拉薩、Lhasa;Lasa)に到着。
標高3658m。富士山よりも高い所にある、通称・日光城(日光の都市)。夜8時でこの明るさ。
チベット語が書かれた白い布をレイのように掛けられて歓迎される。






CIMG0442.JPG<今日のグルメ>
ラサ中心にあるホテルの向かいの道を挟んだ家族経営の料理屋で、夕食に肉炒飯を注文。8元≒160円。
具はピーマン、玉ねぎ、木の根を皮のまま細かく刻んでやわらかく煮たようなもの、肉。
油っこいが、ひさびさにお腹が受け付けた食事に満足。

【中国(チベット)】 Shen(神)の棲む地

2007年07月11日

早朝、チベットにしては珍しく雨。
そのうち太陽が顔を出し、雨に洗われた光景に息を呑む。


信じられる? 

空が手の届きそうなくらい近い。

目の高さと同じところに雲がある。


ここはShen(神)の棲む地。

CIMG0450.JPG

初日はチベット仏教の神秘の湖・納木錯(ナムツォ)へ。
中国人のおじちゃんおばちゃんたちと17人、ツアーバスに揺られて片道4時間の道を行く。

CIMG0509.JPG標高4718m。

そんな高地で、山あいに瑠璃色の原料を溶かし込んだような不思議な光景が見えてくる。
近くまで来ると透明度が高い。ライトブルーの空の色を写しとっている。









まるで山上の海。
CIMG0472.JPG


CIMG0485.JPG飾り付けられたヤク(牛の一種)が水面に映える。
















CIMG0514.JPG赤・黄・青のタルチェ(祈祷旗)が青空に映える。
















神が天地創造をした根源的な意味が全身で感じ取れるような気がする。
ここに3ヶ月くらいいたら、完全にピュアな人間に浄化されるだろう。


帰り道。余韻に浸りつつも、ツアーバスの多さと完璧に舗装された道路が気になる。
路上にいくつもある通関で止まる度に、バスの入り口まで来て物乞いをするあどけないチベットの子どもたちの姿が気になる。


CIMG0526.JPG中国最大の地熱発電所がある羊八井(ヤンバーチン)に寄る。標高4300m。
ここの水も明るい水色をしている。
滞在時間たったの5分でバスは出発。










CIMG0530.JPGラサ近くまで戻ってきて、茶館へ。
ツアーってこんなサービスついてるんだ~と感動して美味しく頂く。
が、しかし。
最後にしっかり販売説明。
なんだ売りつけるための試飲だったのか~と思っていたら。
ええ~!おばちゃんたち買っちゃうのー!?
あの程度の説明で?
しかも600元≒9000円お買い上げって!


続いて行ったのも土産物屋。これだから団体ツアーって…。
こんな時間あったら羊八井もっと見れたでしょ。金儲け主義やなぁ。




CIMG0539.JPGでも土産物屋で面白いものを発見。これは前に盟友ジョッキーが見せてくれたインドのエロ宗教とちゃいまっか…!?
地理的に中国の中央より断然インド・デリーに近いチベット。チベット仏教の起源はインドかね。世界史で習った吐蕃国ソンツェン・ガンポを思い出す。






すっかり仲良くなったツアーのおじちゃんおばちゃんたちは、茶館でも茶人の説明を私に説明してくれる、中国語が通じないので漢字で筆談しようとしてくれる、トイレに誘ってくれる、写真を撮ってくれる、連絡先を勝手に教えてくれる。
中国人は一度気に入るとぐっと相手に興味が湧くようだ。

CIMG0544.JPG10人で参加していた一族には子どもも3人含まれていて(もちろんそれぞれ一人っ子)、彼女たちは親と違って英語ぺらぺら。

ナムツォでは高山病で死んでいた(※高山病は歳が若いほど、新陳代謝がいいほど罹りやすい。徐々に身体を慣れさせる必要があるため、若いうちや小さいお子さん連れはチベットには飛行機でなく鉄道で向かうことをオススメする)が、
今ではすっかり元気で、いろいろ話しかけてくる。

「“かわいい”って日本語知ってるよ!」

「中国で犬夜叉ってアニメが流行ってるの。日本語でなんて言うの?」

「わたしハリー・ポッター大好き。中国では口合利波多って書くんだよ。日本のハリー・ポッターのファンサイト見たことある? 7冊目のタイトルはこの前発表されたんだよ! 日本は映画版の公開が早くて羨ましいな。わたしもう待ちきれないから、ヨーロッパまで観に行こうかと思ってるの。ヨーロッパは何度も行ったことがあるよ」

ツアーに参加してる家族はみな超裕福。

楽しい。
しかし、何かが引っ掛かる。


CIMG0543.JPG<今日のグルメ>
ツアーの遅い昼食は団体様御用達の観光客向けレストランだった。
夕食はラサのレストラン。中国来て初の回る丸テーブルやー!!
大人数でわいわい食べるのはいいね。

始めにお茶で湯のみとお茶碗とお皿をざっと洗う。それからめいめい自分に取り分ける。
おかず10品。
とりにくいものは、お皿の上にお皿を重ねて何とか並べていく。

野菜が豊富で、青菜だけで炒めてあったり、肉と炒めてあったり、唐辛子と炒めて味を変えたり。肉だけという皿はない。ただどれも油分多め。トマトときゅうりのスープが珍しい。
密かに伊東四郎と名付けたおじちゃんがばんばん私にビールを注いでくるので、ばんばん飲む。
美味しいのは最後のヌードル。薄味で、歯ごたえのいい丸麺がお腹に優しい。

ただ、びっくりしたのは中国人のいい歳したおじちゃんおばちゃんが、平気で骨やら嫌いなものやらをテーブルの上にぽいぽい吐き出すことだ。スープ用の“おたま”も、ごはんやら豆やら油炒めを取るのに併用されて味付けの差がわかりにくくなってくる。
食べ終わった後は、ものすごく喰い散らかしたような有様。

CIMG0531.JPG今日はもうひとつ。
チベットの観光客向け茶館兼売りつけ屋より。
こんな感じでお姉さんが説明しながらお茶を入れて回る。

①酉禾 油 茶(シュウヨウチャ)
チベットで最も有名。白濁していて、味も見た目もミルクティー。


②班禅貢餅茶(パンチャンクンピンチャ)
安眠効果があるらしい。ほうじ茶によく似ている。

③西蔵虫草茶(西蔵=チベット。シーツァンチョンチョウチャ)
高級。安眠の効用が10個くらいあった。葉は丸めて粉粒状にしてあり、においがきつくて蚊取り線香みたい。ドクダミ茶をあっさりさせたようなさらっとした薬味がする。

CIMG0532.JPG
お茶菓子。どれも身体に良さそう。
赤:ぶどうのような果肉を干したもの。甘くておいしい。
茶(銀色の紙に包まれている):固めたきなこのようなもの。
黒:見た目は黒みつの羊羹。味はハッカで甘くない。不思議。
クッキー:見た目ゴマのような柔らかい実入り。

【中国(チベット)】 不眠発作

47時間列車に乗り、9時間バスに乗って最高に疲れているはずなのに眠れない。
来たこの感覚。いつものだ。

アドレナリンが脳内に分泌されまくってる。疲労で身体は動かせなくても頭の中が回転する。目が冴えて額が熱い。

寝なければならないのはわかっていても、こうなるともうお手上げだ。ある種の発作。



今回はなんでだろう。原因をあれこれ考える。


チベットの雄大な自然。溜め息が出そうなナムツォの瑠璃色。

一方で、中国人の団体ツアーバスに詰め込まれている自分。

ナムツォ周辺の観光化された部分と、未踏の部分。

名所を逆手にとって、ナムツォ行きは現地で追加料金を払わせ、土産物屋にばんばん行かせるという観光会社のボッタクリ作戦。

チベット仏教タルチェの鮮明な赤青黄色。

チベット人の物乞いの子どもたち。

それを見ながら、中国人の小学生が携帯電話をいじりながらハリー・ポッターの映画を観にヨーロッパまで行くという会話。

同じ中国人でも、陽気な人、親切な人、神経質な人など性格のバラエティがあることの縮図を見たツアーバス内の人間模様。日本人と変わらない。

チベット仏教はインド起源である可能性。

宿で出会った、ニュージーランドで働くうちに日本語を覚えたという中国人の女の子。



対比ばかりだ。まだ消化できていない。
自分は何をしようとしているのか。

糖分が足りないが、あいにくもう飴がない。
トーマス・フリードマンにヒントがありそうな気がするが、あいにく持ってきていない。「レクサスとオリーブの木」や「フラット化する社会」を読み直したい。

昨日は23時に電気が止まったけど、今夜は停電はないようだ。長い夜。



【中国(チベット)】 一生で最上の喜び

2007年07月12日

CIMG0548.JPG朝、寝不足の自分を無理矢理起こし、ツアーの面々で大昭寺(ダージャオズー、ジョカン)に向かう。
寺の周囲は八廓街(バルコル)と呼ばれ、コルラ(巡礼)する人たちが時計回りで大勢歩いている。








CIMG0570.JPGその人数の多さに驚く。
マニ車と呼ばれる仏具をくるくる回しながら歩く極彩色の衣装の人たち。
赤い布をまとったお坊さんも、腰の曲がったおばあさんも、同じ方向に延々と歩いていく。







CIMG0557.JPG身体を地面にひれ伏しながら、五体投地して進む人もいる。











寺の前は五体投地する人で溢れている。

チベット仏教徒にとって、ここでコルラすることは一生の夢なのだ。
その一心不乱さに圧倒される。
彼らをここまでさせるエネルギーは何なのだろう。
標高が高く辛い生活を強いられる分、信仰が強まるのだろうか。



次に、布达拉(ポタラ)宮へと向かう。ラサ市内の一際目立つ高い所にある巨大な建物。

7世紀ダライ・ラマ5世の時代から建立が始まり、1959年に14世がインド亡命するまでチベットの聖俗両界の中心だった場所である。

中国人観光客の増加で、入場者数が1日1000人に限定された。
私たちは12:40入場のチケットで、見学は1時間しか許されない。

CIMG0604.JPG宮に向かう坂・階段が、酸素が薄いのと相まってきつく感じる。
要塞のようなのに、よく見ると、各窓の外側にはカーテンがひらめいている。その横を鳥が飛んでいく。










なんとか辿り着き、宮殿内に入って鳥肌が立った。

バター灯のバター臭い匂いが広がる。
赤・青・そして大量の金色という極彩色が溢れている。
その中央に巨大な仏像が鎮座している。

チベット仏教では
赤=仏の言葉
黄=仏の身体
青=仏の意識
という意味がある。
人は言葉・身体・意識を使ってさまざまな行いをするが、悪行を仏で清浄させるのだ。

タルチェ(祈祷旗)もこの3色がベース。
そして緑と白を加えた5色が自然の色として崇められる。


ただ、宮殿内の色の洪水は、タルチェと違って煤けた色をしていて、逆にそれが歴史を感じさせた。

昔行ったタイも似たような配色の寺院が多かったように思うが、あそこは常に鮮明な色に塗り替えられていて、歴史を感じさせる風情ではなかった。
やはりチベット仏教はインドに近いのだな。


蛍光ピンクや蛍光黄色も見られ、“世界無二荘厳”と呼ばれるダライ・ラマ5世の霊廟はなんと高さ17m、黄金15トン、ダイヤなど宝石1500個。圧巻。

CIMG0611.JPGチベット仏教徒のおじいちゃん・おばあちゃんたちもいた。
あちらこちらに頭を押し付けながら、満足そうに歩いていく。
ここに来ることが一生の目的なのだ。

そしてその横から彼らを追い越し、ガイドの説明を聞きながら進んでいく観光客たち。







その後、また今日も土産物屋2連発。




CIMG0640.JPGそして大昭寺(ジョカン)に戻り、今度は内部見学。

吐蕃国が巨大な権力を持つようになったことを恐れた唐が、降嫁(皇族の娘を嫁入りさせる政略結婚)させた文成公主が平安を願って建てた寺院である。

正門の屋根には羊の像。羊が土を運んで作ったことからラサという地名になったとも言われている。

大勢のお坊さんが経典を読んでいた。
最近のチベット人は子どもを仏門入りさせて信仰心と家計の両方を満たす。

屋上に上ることができ、そこからポタラ宮を臨む。



夕方4時、自由時間。
しばしの間だが、やっとツアーから解放される。

北京でお会いした加藤千洋さんがお薦めしてくださったカフェに行くことにする。

恐らくここだ。Makye Ame Restaurant。バルコル北東の角。

CIMG0671.JPG自家製のヨーグルトワインを飲み、テラス席からコルラする人たちを見渡す。

バルコル両脇は土産物屋がずらりと並ぶ。
左手に数珠、一番多いのが右手にマニ車を回しながらえっちらおっちらゆっくり歩くお年寄りのチベット人、同じくらいの数の観光客、その合間を縫うように車椅子や松葉杖の人たちも進む。

みんな一緒くたになって同じ方向に歩く。

「その光景は何時間でも眺めていられる」の言葉通り、飽きもせずに眺めていた。



必ずしも厳密な聖地ではない。何せ、チベット仏教徒と観光客が半々なのだ。

そして必ずしも厳格な宗教ではない。五体投地もしたいところでしたい回数だけする、コルラも回りたい回数だけ回る、寺院でこすりつける場所も人それぞれ。

この自由さは厳しい自然の中で生きる人々の懐の深さかもしれない。



CIMG0687.JPG<今日のグルメ>
大失敗。
「チベットの本格料理を食べに行きましょうよ」とツアー仲間の中国人マダムに誘われたので、せっかくここまで来たんだし、と160元≒2400円も払って一緒に行くことにした。
着いたところは「西蔵唐古拉演芸中心」。
観光客向けにばりばりに演出されたエンターテイメントショーだった。
…あー来るんじゃなかった。

料理は大体ツアーの昼食と一緒。
ただ、チベットヨーグルトとチベットのきな粉のようなおつまみが地元らしかった。

ショー自体は陳腐な内容で、スモークが焚かれ、ライトが7色に光る。
ステージに上がり込んだ日本人のおばちゃんが、歌手の持つマイクに向かって「ジャパニーズ!日本人でーす」と言うのに呆気にとられた。

ただ、最後のチベット人長老による民謡と、チベット各地方の民族衣装ファッションショーは興味深かった。

【中国(チベット)】 2つの対比

2007年07月13日

チベット最終日。

昼12時に迎えが来ると聞いていたのに、朝8時半に宿屋の主人が来て、「あと5分で出発すると連絡が来たから急げ」と言う。

大慌てで荷物を詰め込む。

宿で仲良くなり、現地旅行会社の対応の悪さに一緒に文句を言っていたリンリン(ニュージーランドで働く中国人で、彼氏が日本人のため日本語ぺらぺら)たちに別れを告げ、急遽空港行きの車に乗り込む。

CIMG0710.JPG空港までの道は自然がそのまま残されていて、人もおらず朝の太陽に照らされていた。

目を奪われ、スピッツを聞きながら一人物思いにふける。

荘厳な山。山。山。麓に広がる水辺。合間を縫う雲。
形を変えながらも、それがどこまでも続く。









ああ。そういうことか。
一昨日の晩から悶々と考えていたことに答えが出た気がした。



まず、自然と人間の対比。

どんなに人間が開発しようとも、恐らくチベットの大自然にはこの先も敵わないだろう。
ナムツォへの道路が開発されても、道路と通関以外は全てそのままの自然だった。
青蔵鉄道でさえ、敷設までに1キロ当たり1人の高山病による死者が出たほどなのだ。
チベットでは観光客を呼ぶためにこれからも開発が進むだろう。

でも、人間の生活水準に対する考え方が変わってどんなに足掻こうとも、大前提であるここの自然は変わらない。



そして、人間のローカルとグローバルの対比。

人間の基本にあるのはローカルな家族。永遠不滅。
貧しいチベット人でも裕福な都市部中国人でも変わらない。
チベット人は家計を助けるために、観光客向けのショーで踊り、子どもに物乞いに行かせ、中国語と英語を練習して土産物屋を経営する。
裕福な中国人は、一人っ子政策によるたったひとりの子どもの教育に大金を投資し、子どもをヨーロッパに行かせ、一族の団結を深めるためにチベットまで家族旅行に赴く。

グローバル化によって生活は変わる。それに順応していくのは、家族の幸せのため。

自然と家族が大前提とさえわかっていれば、どの状況が不幸でどの状況が幸福かという基準はない。
チベット人も中国人もこの点では変わらない。



結局、1時間くらい走ったところで、17時の飛行機だという連絡が入る。
しかし私は怒らない。早朝のドライブ、いい時間だった。
道端に車を止め、運転手と二人、スイカを食べて空を仰ぐ。



ラサに引き返し、向かったのはもちろんMakye Ame Restaurant。
またコルラする人を眺めていた。





CIMG0764.JPG帰りの飛行機、上空から見るチベットの山々がまた素晴らしい。


四川航空でまずは成都へ。隣席の南京在住・チャン・イェンちゃんに「中国人かと思った!」と言われる。「南京へ来るときは必ず連絡してね!」

乗り換えて海南航空で北京へ。隣席の出張帰りのビジネスマン・ヤン・シャオプーくんも、私を中国人かと思ったらしい。3時間かけて中国語講座をしてくれた。
挙句、私が空港からバスとタクシーで北京大近くの海淀橋まで移動しようとしていることを知り、
「23時半北京着なのに女の子一人で危ない!僕は車で来ているから任せて!!」
と言い、全く違う建国門方面(恐らく高速使って30分ほど)に住んでいるのに送ってくれる。

今夜は北京大の寮には入れないので宿に向かうが、あいにく空室なし。
困った私を受付のお姉さんが別の宿まで連れて行ってくれ、交渉してくれる。向こうも、改装中だけど尽力するよ、というような意味のことを言って普段は客を入れない部屋に泊めてくれた。



後にヨシが、「日本人は曖昧な距離で人と付き合うことが多い。一方中国人は、親密か他人かのどちらかしかない」と言った。
中国人のあったかいハートを感じたチベットからの帰りだった。



<今日のグルメ>
CIMG0724.JPGCIMG0723.JPG











ランチはバルコル北東の角に位置するMakye Ame Restaurantにて、本格的な西蔵(チベット)料理を頂く。

①蔵式酸夢ト炒牛肉。
18元≒270円+1チャパティにつき3元≒45円。
ヤク(チベットの牛)とラディッシュのピクルスを唐辛子で炒め、チャパティに包んで食べる伝統料理。ピクルスは見た目も味も紅しょうが。不思議な味。

②卓 王馬 哲 基折 (ジュオマ・ジェシ)
20元≒300円。
蔵式甘食(チベット式デザート)。
レーズン、りんご、人参、緑色の豆、木の根のようなものをご飯と一緒に甘く煮込んである。何が入っているか食べるのが楽しくなるデザートだが、甘ったるい。

ここのレストランには、チベット伝統料理を現代風にアレンジしたメニューも多いので、その方が美味しいと思う。
昨日飲んだ自家製ヨーグルトワインはかなりイケた。

【中国】 地球上から麻疹が消える日

2007年07月14日

道端で売っている揚げパン(豆乳に浸して食べる)とレタスと卵を皮で包んだものを朝ご飯に買って食べ、今日はヨシのNHK取材にくっついていくことにした。

NHKのBS放送と中国の放送局の共同企画で、日本に住む中国人・中国に住む日本人を各10人ずつ選んで放映するという。ヨシもその一人で、10月頃放映予定。


取材班の小澤さん、岸田さん、シュエさん、フオさんと挨拶。
寮にて、ヨシの中国に対する考え方、日本のメディアのあり方、自分の生き方などが話されていく。
彼は本当によく考えている。
ここの部分の放映だけでも価値がある番組になる気がする。

CIMG0772.JPG食堂に移動し、Happyという意味の高興(gaoxing)がニックネームの天才インド人と、その彼女で韓国ルーツの杜曼欽ちゃんと会話。
北京大学はこういう人がいるから面白い。








CIMG0792.JPGその後、今度ヨシと共著で対談本を出す山奇さんとのインタビューを見学。
山奇さんはMTVのアジア代表を務め、現在中国を代表する音楽イベントプロデューサー。
私が家庭教師をしていたSちゃんやニチベイで一緒だったサトシがMTVを目指していることを話すと、にっこりと笑顔を見せた魅力的な方。

7月中旬、『七日談』発売。






光栄なことに、夜はWHOの予防接種拡大計画・中国担当医務官、高島義裕さんのお宅にお邪魔させていただく。大阪出身の愉快で素敵な方である。ユネスコのパワフルウーマン・矢野さん、その姪のけいちゃんも一緒だ。
高島さんの手料理を振舞って頂いた。懐かしい日本の味を思い出す~!

出発前、旅行のためにと思い日本のガイドラインに従って予防接種を受けた結果、医者の言うことに振り回されてしまった私。
事勿れ主義の日本のガイドラインと、WHOの基準は異なっている。しかしWHOに強制力があるわけではない。
また、高校時代、国連に憧れて組織を調べたことがある私は、国際機関には理念の曖昧さや組織力の点で限界があると思っていた。

高島さんにとってのWHOって何だろう。
お聞きして驚いた。

高島さんの目的は、地球上から麻疹を無くすこと。天然痘のように。
WHOはその目標実現の手段だという。

理屈の通じない中国農村の奥地の奥地にまで出向き、犬や馬や豚と同じ小屋で寝起きしている農民たちや現地の特権意識の強いお役人たちと機転を利かせて交渉。
徹底的に調査し、麻疹対策を練り上げている。

こんなに熱い方がいるだろうか。

徹底した現場主義は、私が大学1年のときに“sustainability”の本当の意味を教えてくれた国境なき医師団の山本敏晴医師を思い出させた。山本医師もシエラレオネで命懸けで医療援助をしていた。

日本国内では麻疹で大学閉鎖などの問題が起きたばかり。
この違いは一体なんだろう。


いつか地球上から麻疹が消える日が来るかもしれない。いや、絶対来る。

私はまだ貧困や医療援助が必要な現場を知らない。旅の先は長い。





この日見た夢。暗示的な夢。



中国の海のように大きい川の水底に自分たちの力では十分な餌を取れない半魚人が住んでいて、そこまで潜って餌を届ける一団がいる。

どうやら私もメンバーの一人。

餌の質を高めよう、料理と呼べるようなものにしよう、といつも試行錯誤している。

調理法を変えられないだろうか。水に浸っても形が変わらないようにするにはどうしたらいいか。お皿に載せたまま水中を運べないだろうか。

ある日を境に、陸でテポドンが発射され始める。

テポドンは着水すると魚雷に変わり、水中をものすごい勢いで轟々と通り過ぎていく。

それでも半魚人の生活と私たちの仕事は続くが、もうこれ以上は危険というときに、ヨシを中心に対策を練り始める。



そこで目が覚めた。



<今日のグルメ>

CIMG0781.JPGCIMG0784.JPGCIMG0789.JPG












山奇さんオススメの茶館“百年香 PUER SALON”
会員制のため普通は入れないらしい。謝謝。

薔薇の花を浮かべたプーアール茶を頂く。飲む瞬間にバラの香りが立ち込めて、何とも言えない幸福な気分になる。

プーアール茶は緑茶と違って古ければ古いほど良い。保存して発酵させる。これは600年前の木から取り出した葉だという。

時間が経つと、写真左から右のように色が濃くなる。胃腸に一番優しいお茶。

【中国】 洗濯物事件

2007年07月15日

北京大学の寮で洗濯機を回していた。
干そうと思ってフタを開けると…


オーマイガッ!!

空っぽ!!!!


あたしの洗濯物は一体どこへ?


慌ててヨシを呼んで掃除のおばちゃんに聞いてもらう。

「さっき背の低い女の子が全部持って行ったわよ。」

なんですと?
誰??


それから必死に捜索。
結構溜めてたから量もかなりあるぞ…。
てか、持ってきた服の8割だぞ…。
おいおいおいおい。


結局見つからず。
どうしよう…。
あーあ。

明日からモンゴルなんだけどな。
明らかに服が足りないよ。


誰が持って行ったんだろう。

同じ寮の子かな。でも、私背高いから大きめで着にくいよ?
外部の人かな。北京大の寮はガードマンいれど、私が居候できるくらいだから入り込むのはカンタン。
もしそうなら、服を買うにも困っているような人が持って行ってくれているといい。捨てられるのは勘弁だけど、そういう人に使ってもらえるならいいよ。

バスパ16のみんなごめん。青Tシャツなくなりました。



こっちはこっちでもう服を買うしかないな。
服の巨大市場・秀水街へ行くことに。

北京内に市場はいくつもあるけど、秀水街は外国人向けの巨大ショッピングセンターになっていて、価格もちょっと高め。
しかも相当な高値を吹っかけてくるから、ネゴシエーション勝負の場でもある。

驚くのは、店員さんはみんな英語は全く読めないけど話すのはぺらぺら。
“生意”魂ね。

元は青空市場だったのを観光客向けにビル化したので、その名残りで内部も小さなブースの店が所狭しと並ぶ。
ざっと見渡して大体の当たりをつけ、買い物開始!



試着したいと言うと、布を出してきて片方を引っ掛け片方を自分が持って、店の中に仕切りを作る。それだけ。
店員さん、そんなに着替えてるところじろじろ見なくても盗んだりしないっすよ…。

900元≒1万3500円のショートパンツを210元≒3150円に値切って悦に入る。
それでも中国で買うには高い気がする。



困ったのは下着。
中国にはこのサイズ展開しかないの!(なんとカップに対してアンダーが1サイズしかない)と言う強情な店員に、それじゃ中国の下着市場は世界に勝てないよ!てか全部外国メーカーの名前ついてるじゃん!!(パチモンだけど!!)と喧嘩。

でも在庫全部探させたけど確かにないんだよね。
そうしたら、その場で数字にシール貼って隠して、「これは同じサイズだ」と言い切る。
明らかに違うでしょそれ!引っ張って大きく見せてもダメ!!外国人だと思ってナメんな!!!



それでも何とかお互い妥協して話がまとまる。
そうすると、途端に仲良くなる。

「You’re my friend!」
と言ってこっそり店のワゴンの下に呼ばれ、おまけとしてコレをあげる、店頭に出てるのはニセ物ですぐ壊れるけどコレは壊れないから、と言って無理矢理握らせる。
私は私で、ブラウンとベージュの違いを再度教えてあげて感謝される。

ふう、いい試合した後にお互い握手するあの気分だな。

高い値段でも日本と比べりゃ安価と思って、店員とファイトもせず仲良くもならずに終わる人もいるみたいだったけど、色々な意味でもったいないと思う。



地下鉄を乗り継ぎ(5元≒17.5円)、最寄り駅からタクシー(12元≒180円)で帰宅。
今日で北京も最後。

CIMG0799.JPGこれは中関村の町並み。
交差点に立つとうなりとなって聞こえてくる大量の車のクラクション、想像していたよりぐっと少なくなっている自転車が軋(きし)む音、2台連結したバスの重厚な動作音、新しい駅舎を電車が通り過ぎる音、そして至るところで話される北京語。客を呼ぶ声。値段交渉する声。






これが今の北京。

オリンピック後に来たら、また様子が変わっているに違いない。
向上という言葉を知らない中国人は、しかし、変化に対して当たり前に感応し、自分のものにしていく。


<今日のグルメ>

CIMG0774.JPG
昨晩高島さんのところで食べ過ぎて、今日はほとんど食べられず。
これは昨日のお昼に食べた北京大学の学食の牛肉ラーメン。
茹でた牛肉が添えてあり、中国の麺類にしてはあっさりしていて食べやすい。

【モンゴル】 シベリア鉄道第1弾

2007年07月16日

CIMG0802.JPG朝7:45北京駅発、烏蘭巴托(ウランバートル)行きシベリア鉄道。
朝6時に寮を出発し、ヨシが送ってくれた。
さよなら、北京。さよなら、中国。










CIMG0803.JPG列車は1/2等席(それしか取れず)。


…豪華!!
今回はロシア製の方の列車。
今まで泊まったどの宿より豪華。






CIMG0804.JPG木造りで、古き良きロシアの伝統があちこちの装備に表れていて、新しく近代的な青蔵鉄道よりも断然居心地がいい。

コンパートメント(部屋)が1段ベッドなんて乗るの初めて。たまには贅沢もいいなぁ。
恐らくここが1等扱い。
2等が2段ベッド。
3等は簡易式2段ベッド。

トイレが洋式、トイレットペーパーもちゃんとある。
ただし水洗ペダルを踏むと、線路とこんにちは。あら~。
そのため、駅に近づくとトイレは閉鎖される。

相部屋のオーストラリア人ナーシャは隣の部屋に姉夫婦がいて、大体そちらに行っている。私は久々にゆっくりひとりの時間を楽しむことにする。



夜8時頃、モンゴルとの国境手前、二連駅。
これから3時間トイレが使えなくなるという。

なんだなんだ?と思っていたら、そのまま各列車が切り離され、倉庫へGO。
列車が持ち上げられ、いきなり列車の点検・修理が始まった。
隣にはウランバートル→北京行きの列車も同様に点検されている。

うるさくて眠れやしない。
こんなところで3時間もかけなくても、乗客がいないときに点検するんじゃダメなんかい。



夜中0時、車内でパスポートチェックを受け、国境を越える。



<今日のグルメ>
CIMG0805.JPG食堂車でランチ。ここは中国製。ご飯、牛肉と白菜の炒め物で21元(365円)。
かなり油っこい。
ロシア製列車の難を言えば、昔の党の指導で乗務員はあまり笑顔を見せないこと。
私の車両の担当女性乗務員は恐らくモンゴル人だが、それでも彼女から笑顔を引き出すのに丸24時間かかった。
でも、中国製の食堂車では、1元を2枚渡してしまった私を中国人ウエイトレスが笑ってくれた。
共産党は南へ行くほど質が違ってくるようだ。

【モンゴル】 どこを向いても朝青龍

2007年07月17日

CIMG0838.JPG午後1時40分、ウランバートル駅着。
オーストラリアのオススメスポットを教えてくれたナーシャとその姉夫婦と別れ、タクシーで市街地へと向かう。














宿をとったのは日本人夫婦が経営する「あづさや」。
日本のマンガが所狭しと並び、畳でくつろぐ日本の若者たち。
なんだか少し違和感。

CIMG0847.JPG旅達人のお兄さんに地域別のいろいろなアドバイスをもらう。貴重なご意見あざっす!!
私が手にしているのは馬頭琴。「スーホの白い馬」を思い出すぜ。










街中をぶらぶら散歩。

驚くのは、服も店も日本と同じ。
国営のノミンデパートに至っては、1階化粧品コーナーに資生堂まである!ゆいゆいに報告だなー!!

CIMG0853.JPG…ただ、あっちの人も朝青龍。
こっちの人も朝青龍。
みんな顔は朝青龍。
身体もずんぐりむっくりしている。
スリムな子も顔は朝青龍。もしくはウッチャンナンチャンのナンチャンか、目を細くした熊田曜子。
みんなムスッとしてる気がする…。
もっと触れ合ってみよ。

CIMG0840.JPG本物の朝青龍はこっちでもヒーロー。街中で「ヨコヅナ」という言葉が溢れている。
「寄り切り」とか、「場所」とかみんな知っている。

宿の奥さんの話によると、今じゃモンゴル相撲より日本の相撲の方が面白いということになり、日本と同時中継で放映され、大人気だそう。

「千代大海はダメだな。ツッパリしかないもん」
と言った会話が平気で交わされる。

みな旅行と言うと日本の両国国技館に相撲を観に行くんだって!!

というか、あまり他に娯楽がないのかも…。



日本のイメージは、相撲と、「とってもいい人たち」ということらしい。
ODAによってたくさん援助してくれていることをみな知っている。

「戦争のとき、モンゴルも日本に占領されていればよかったんだ。韓国もシンガポールも、日本が占領した国はみな経済発展してるじゃないか」
ということを平然と言う人までいるらしい。

確かに戦後賠償問題と経済援助は関係があるけれど…。びっくり。ご都合主義というか…。



現地の学校で日本語も教えている奥さんは、モンゴル人は集団が苦手だと言う。

性格は粘着質でケンカっ早い。

所有権という感覚がない。
人にモノを借りても返すということを知らないし、貸してといわれたらマタ貸しでもなんでもさらっと貸してしまう。服も家族で共有。

普段は我慢強いが、飲み始めると倒れるまで飲むので、普段蓄積された感情が爆発してすぐ喧嘩になるという。

まぁきっと悪気があるわけじゃないし、ある意味感情に素直というか、純粋なのかもしれない。



一昨日からお腹が痛いので(シベリア鉄道のトイレ制限はきつかった…)、夜は宿でおとなしくしていることにする。
自分の薬は全く効果がなかったが、宿で知り合った看護師チエさんがくれた薬がてきめんに効き、だいぶ良くなってきた。
捨てる神あれば、拾う神あり。



<今日のグルメ>

CIMG0850.JPGあづさや近くのモンゴル式24時間営業ファーストフード店サンサルボーズにて。
モンゴル語のメニューは宿から借りた対訳なしでは全く理解不能。

①バンシテ・シュル
水ギョーザ入り野菜スープ。トマトベース。うまい!!栄養もたっぷり。
②タルハ
中身のないパン。もっちりしている。
③スーテイ・ツァイ
塩味のモンゴルミルクティー。水で薄めたミルクに少量お茶を混ぜ、塩で味付け。5リットルくらいの容器からお椀になみなみと注がれる。しょっぱいなー!こんなもんなのかな。タルハをつけて食べてもすぐ飽きた。

【モンゴル】 ゲルの家族と羊の屠殺

2007年07月18日

“あづさや”宿マスターご夫妻のお知り合いの遊牧民一家のゲルにお邪魔することにした。
浪花の看護師・チエさんも一緒である。


ウランバートルから車で45分。
都心部からたった40キロ、そこはもう大草原。

郊外に行くに従って、都心部→定住遊牧民(移動をしなくなった遊牧民)→遊牧民、という住み分けになっている。


広大な大地に目を奪われる。

CIMG0905.JPG


CIMG0953.JPG移動式住居=ゲルに住む遊牧民家族。お父さん、お母さん、娘二人、小さい息子1人。
祖父一家や母方の弟夫婦も一緒に住んでいて、約500メートル離れて3個ずつ計6個のゲルを保有している。

子どもたちの名前は、ナムカ(12歳)、タワカ(10歳)、チンダマ(3歳)。
そして従姉妹のバスカ(10歳)。
とにかく元気!!
そして賢い。聞いたことのある日本語や英語をよく覚えていて、話してくれる。

CIMG0895.JPG大人と同じように働く彼らは力強く、着いた早々腕相撲をせがまれる。
五分五分…つえぇ。










その後、鬼ごっこ、くすぐり合いっこ、日本語英語の歌の歌い合いっこ、髪の毛結び合い、デジカメで写し合い…など延々と遊び、久々に全力疾走した。
CIMG0932.JPG


しかし、遊びの合間に仕事はしっかりやる。

トラックが来れば荷台から羊たちを下ろして囲いに入れ、
手洗いで洗濯をして干して取り込み、
弟の髪を洗い、
燃料になる乾いた牛のフンを拾い集める。

CIMG1016.JPG夕方になると、ゲル以外なにも見えなかったはずの大草原に、続々と黒い点々が見え始める。
それぞれ100頭を超える、牛、馬、羊の大群が帰ってくる。

全て彼らの資産である。








牛がゲルに近づくと、女たちは椅子とバケツを持って出向く。
母牛のおっぱいを子牛が少し吸って刺激したのを見届けてから、子どもたちが子牛を囲いに離し、その間に乳を搾る。

12歳のナムカはもう乳搾り係の方に入っている。
私も試そうとするが、かなり指先の力が必要な重労働で、ナムカのリズミカルな搾乳に恐れ入る。

これがバターになり、チーズになり、ヨーグルトになり、モンゴルミルク茶になり、馬乳酒になり、彼らの生活の基礎になるのだ。

CIMG1025.JPG男たちに追われて、馬が群れを成して帰ってきた。
なんて綺麗な毛並みの馬たち!!
そこで10歳の女の子タワカが白馬にまたがり、100頭を越える馬たちをたった一人で1か所に集める。








CIMG0955.JPG羊の屠殺も見た。

お腹にナイフを入れる瞬間は女は見てはいけないらしいのだが、一部始終を見た。
内臓のある部分を取り出し、静かに安楽死させて全く血を出さない。
死亡を確認すると、皮を剥ぎ、内臓を取り出す。
本当に手際がいい。

そこへ女たちが来て、内臓を洗い始める。
最後に肋骨に溜まった血をきれいにすくい出し、洗ったばかりの腸に詰める。きっとソーセージにするんだろう。

後は女たちが骨に切り込みを入れ、肉をブロックに刻む。
毛皮は街で売って、肉は干して冬に備えた保存食になる。

屠殺は気持ち悪くて恐ろしいもの、というイメージがあったが、全くそんなことはなかった。
むしろ、この1頭が無駄なく隅々まで利用されて生活の糧となることに、深い感動を覚えた。


ここには無駄なものなどひとつもない。
羊の体で無駄なところなどひとつもない。
彼らの生活に無駄なことなど、何ひとつもない。

モンゴルの雄大な草原でのんびりしたい、とどこかノスタルジックな思いを抱いていた自分を恥じた。
彼らは大草原で一生懸命生活している。


一方、象徴的な出来事もあった。
CIMG0931.JPG昼過ぎ、車を飛ばして胡散臭い姉ちゃんとペテン師のようなおっさんが来た。
携帯電話の売込みらしい。
驚くことに、遊牧民の家族は1家に1台すでに携帯を所有している。

伝統的生活が現代化されていく様を垣間見た気がした。

各ゲルにはソーラーパネルもついていて、太陽光で電気を作り、白黒だがテレビも見ている。もっぱら日本の相撲を見ているのだ。ゲルでも朝青龍は大人気。

CIMG0950.JPGまた、街から彼らの知り合いの家族がゲルに遊びに来た。

見るからに都会人。長女の方は高校で英語を習っている。
遊牧地のことを“countryside”(田舎)と言うから驚いた。
モンゴルの食べ物で好きなのはスパゲッティ。…それイタリアンですよ?
来年は大学に進学。
将来の夢はアナウンサーだという。



少し考えた。

私はゲルの家族に情が移っているから彼らをピュアで素敵に思うが、
都会の家族たちも、胡散臭いと思った携帯セールスマンたちも、
どちらもそれぞれの人生を生きているのだ。

しかも鳥瞰したら、日本人の私は明らかに都会人の部類じゃないか。
何を都合のいいことを言っているのか。
私はどちらの肩を持つこともできない。

面白いことに、モンゴルの都会人たちは、田舎が大好きなのだという。
時間さえあれば訪ねていく。
日本の田舎のイメージと違うな。
イギリスの田舎のイメージと近いかもしれない。
都会に住んでも、アイデンティティは忘れていない。

CIMG1030.JPG
ただ、これだけは思う。

遊牧民の中でも、定住したり、ゲルを観光用に開放して遊牧を辞める人たちもいる。
しかし、都会化した方が良い、偉いなんてことは絶対にない。
遊牧民は客の前でも夫婦じゃれあい、そこに子どもたちも加わっていくほど、家族仲がとても良い。
そして大人子ども問わずよく働く。
毎日が充実して、輝いている。



彼らの生活が困窮したり、外圧がかかったりせず、彼らが望む限り、永遠に続いて行くことを願う。




<今日のグルメ>
CIMG0954.JPG遊牧民特製麵、とでも言おうか。
おばあちゃんが小麦粉を牛乳で溶き、クレープ状に焼く。
それをお母さんが重ねて細く切っていく。
そして干した羊の肉、玉ねぎ、人参と炒める。

なかなか美味しい。素朴な味。栄養もある。
食べ終わると、お代わりは1杯目と同じ量だけよそってくれるので要注意。
お昼は同じ具をご飯と炒めて塩味でチャーハンにしていた。
レパートリーは他にうどんもあるらしい。

それから、前言撤回!モンゴル茶は、遊牧民の飲むものに関してはめちゃくちゃ美味しい!!
街のレストランとだいぶ味が違う。
温めたミルクにお茶を混ぜ、塩味をつけたものだが、ゲル家庭のものはしょっぱくなく、ぐいぐい飲める。
子どもたちは、最後にこれを注いでお茶漬けのようにして食べていた。

CIMG0952.JPGそれから馬乳酒!!朝青龍のパワーの源。
ものすごく酸っぱい。チエさんは苦手ということだが、酸っぱいもの好きの私は口に合った。
アルコール度は強いが、さらっと飲める。

【モンゴル】 満天の星空と夢の乗馬

2007年07月19日

ゲルの家族は、日の入り(今の季節だと夜10時前)と共に寝て、日の出と共に起きる(朝5時くらい)が、夜中2時、チエさんとこっそり起き出して外に出た。


満天の星空。
日本のどんな田舎でも、こんな星を見たことがない。


星が多過ぎて、夜空が白く煙るほどだ。

天の川がくっきり見える。

あっと言う間に流れ星。


北斗七星が思ったより低くて、
「北に来たってことだね」
とチエさんが囁く。


デジカメでは捉えられなかった。これはきっと見た者にしかわからない。




CIMG1048.JPG朝焼けも溜息が出るほど。

大気は芯から冷え切っている。
その中をお母さんは一番に起き出し、もうあちらこちらに動いている。

羊と馬と牛の放牧が始まる。すぐに見えなくなる。
朝ご飯が終わって食器拭きを手伝う。




CIMG1055.JPG
朝の一仕事を終えると、子どもたちはまたおネム。

おじいちゃん、おばあちゃんにモンゴル語を習う。
子どもたちが起きると、固いチーズを噛みながらトランプに興ずる。

家畜たちが放牧に行っている間のゆったりとした時間。






CIMG1078.JPG昼前、お父さんたちに馬に乗せてもらった。
馬がなかなかいい子で、軽々と全速力で走ってくれた。


大草原を馬で駆ける解放感。

モンゴルの風を全身で感じる。

乾いた空気が青い草の匂いに満ちる。






そして迎えが来た。


家畜のために、年に3回移動する生活。
生活のほとんどを自給自足でまかなう生活。
厳しい自然の中、常に冬に備えることを考える生活。
そして現代化の波と共存していこうとする彼ら。

ここのでっかい大地のように、ここの人間の懐もとんでもなくでかい。


ナムカ、タワカ、バスカ、チンダマ。
私が教えた手品、忘れないでね。
またいつか、遊びに来るよ。


CIMG1028.JPG


<今日のグルメ>
CIMG1052.JPG自分史上最高の朝ご飯だ、とチエさんが言っていた。同感!
搾りたて牛乳で作ったバターに、パン、モンゴルミルクティー。
パンを持った手からモンゴルのにおいがする。
バターは生クリームかと思うくらい濃厚で、お代わりの手が止まらない。







*連絡*
明日からシベリア鉄道でモスクワに向かいます。5日ほどかかるので、しばらく連絡が取れなくなります。
また、携帯は解約したのですが、ドコモのアドレス帳のバックアップデータがどうしても開けないので(今日モンゴル大使館で紹介してもらったソフトウェア会社に行ってもダメでした)、もし旅行に出ていることを知らない方にお心当たりがありましたら、お手数ですがその旨伝えてくださると助かります。なお、ブログのURLはwww.tokuwakako.comです。
よろしくお願い致します。

【モンゴル】 シベリア鉄道第2弾―粘着気質?

2007年07月20日

日本人にとって、ロシア入国は簡単ではない。

ロシアビザを取るためのバウチャーの都合で、昨晩から27日までの宿・移動手段は全て日本で旅行会社を通じて手配しておかねばならなかった。
もちろん旅行会社の提示する選択肢には高級ホテルしかない。
昨夜はウランバートルの高級ホテル・ビシュレット。日本で払い込んだ金額を思い出すと溜息が出るが、旅行会社を通さないとほとんどビザは出さないとロシア大使館に言われては仕方がない。


シベリア鉄道に乗るべく、ホテルをチェックアウト(直前に停電が!)して街中へ。

CIMG1087.JPG昨日撮ったチンギス・ハーン像。












「TOKYO」という店を発見。日本の100円ショップコーナーと全く同じ物品が300トゥグリク≒270円で浴衣を着たモンゴル人お姉さんによって売られていた。ほぅ。

CIMG1093.JPGあちらこちらにあるザハという庶民スーパーが面白い。モンゴルのスーパーはとにかく肉のコーナーが広い!

5日分の水と食料を買い込み、ウランバートル駅へ。
タクシーのあんちゃんと日本の相撲話で盛り上がる。15分ほど乗り、値切って1600トゥグリク≒150円。








シベリア鉄道、13:50ウランバートル発モスクワ行。
2等車、2段ベッド×2の4人部屋。

CIMG1107.JPG上段の私の下はモンゴル人のおっちゃん・ヒャオカさん。家族親戚、総勢10人がお見送り。
送別会ですでに飲んだのであろう、昼間から酒臭い。私にビールを買ってくれ、しきりにアルコール40度ほどのモンゴル酒を勧めてくる。
陽気でちょっとエロ親父と見た。似ているのでダチョウ倶楽部の上島竜兵と勝手に命名。

向かいは3人家族。
笑っていないバージョンの朝青龍顔に極細眉毛、サングラスを掛けた一見不機嫌そうなおばちゃんはウランバートルでよく見掛ける野村沙知代タイプ、奥さんのゾラ。でも実際は優しくていい人。一緒にいる娘は3歳でよく笑い、愛くるしい。


問題は夫のタモラ。
彼こそ、話に聞いていた典型的モンゴル人の性格に一致する。

冗談に対しても笑わず常に真顔、神経質。Going my way. キレイ好きでシーツを頻繁に畳んだり、物を整理したり、ごみが出ればすぐさま窓から捨て去る…のだが、それがかなり自己流。
そして誰にも邪魔されたくない。家族を大事にしているのは伝わるが、恐らく家族以外の人間が怒らせたらすぐキレて喧嘩するタイプ…。


困ったのは、タモラが窓を開けたがることだった。

寒暖の差が激しい気候で生きているモンゴル人は寒さに強い。ゲルに泊まったときも、毛布の下で寝袋にくるまった私を尻目に、遊牧民のお父さんは裸で寝ていた。

夜、部屋の中のモンゴル人は3歳児に至るまで全員ノースリーブ。
一方の私は、長袖の上にパーカーを着て、さらにトレーナーを着るという重装備。

窓を開けるとベッド上段の私はモロに風を受ける。でもタモラは譲らない。何度でも窓を全開にする。せめて半開けにして…。彼の窓へのこだわりに勝てず。
これぞ粘着気質のモンゴル人?


さらにモンゴル人独特の特徴、所有権の感覚がない。
ものを書くとき、私の本を勝手に下敷きに使う。それはいいのだが、問題はその後。
私のものだということを忘れ、どこかにポイっと置いてしまう確率が高い。読みかけの『ハゲタカ・上』が彼によってどこに持っていかれてしまうのかが気になって仕方がない。


CIMG1099.JPGこの3人家族は、乗ってきてすぐに大量(3種類×5本=15本)の巨大ソーセージ(直径5センチ太さ25センチくらい)を天井からぶら下げ、網棚の上に丸のままの干し肉を並べた。

さすがモンゴル人、肉好きだなぁと思っていたが、めちゃくちゃ臭う。
さらに足元には3歳児用のおまるも積んである…。






…強烈な酒臭さと肉臭さに包まれた、典型的モンゴル人と過ごすシベリア鉄道の幕が開けた。






<今日のグルメ>
CIMG1094.JPGウランバートルで一番大きい元国営のNominデパート。
その1階のスーパーでシベリア鉄道用の食料を買ったときに一緒に買ったランチ。
スーパーのおばちゃんが作ったと思われる顔より大きいハンバーガー、中身はモンゴルの雄大な大地で育った羊肉のハンバーグ、トマト、千切りキャベツ、マヨネーズベースのソース。
土ぼこりの多いウランバートルの道路脇ベンチで、日差しを浴びながらゆっくりと頂く。

【ロシア】 望郷の黄昏

2007年07月21日

0時、MongoliaモンゴルとRussiaロシアの国境を越える。
真夜中にも関わらず何人ものロシア係官が乗り込んできて、荷物を徹底的に調べられる。
無事入国。


朝方、冷え切った部屋のお陰でお腹が痛くなる。
ヒャオカさん…決して悪い人やないねんけど…やっぱり粘着質の性格は嫌やなぁ。
でも、モンゴル人全員が全員彼のような人じゃない。これでモンゴル人を嫌いになるわけじゃない。

「確かに日本人に比べてアメリカ人の方が強気。
でも、日本人にも強気の人もいるし、アメリカ人にもいろんな性格がいる。

国民性って、こういう人が多いっていう割合の差に過ぎないよ。」

ニチベイでお世話になったColomb先生の言葉を思い出す。


列車は北京―ウランバートル間と一緒で、一車両につき女性乗務員2人が交代で担当。
定期的に掃除をしたり、各部屋のポットのお湯を換えたり、切符を預かったり、電灯の管理をしたり。

そして何より、彼女たちは全乗客のトイレ事情を左右。“線路とこんにちは”(垂れ流し)式トイレは、駅に近づくと鍵が閉められて使えなくなる。
その時々で列車がどれくらい駅に近づいているかは、彼女たちの気分次第。


CIMG1110.JPG太陽が昇ると、窓の外ではモンゴル平原とは打って変わって大きな河と森が現れていた。
Ulan-Ude(ウラン・ウデ)駅以降、シベリア鉄道の王道ウラディヴォストーク駅発の1号列車が通る線路に合流。








CIMG1114.JPG海かと見まがうバイカル湖が青々と続く。














CIMG1103.JPG昼過ぎ。
3人家族はIrkutsk(イルクーツク)駅で下車していった。
恐らくあのソーセージはロシア人に売るのだろう。


下段で酔いが醒めた上島竜兵は別人のように静かである。








それからの窓の外。
柔らかくなった陽の光に照らされ、白・ピンク・黄色の花が点々と咲く野原。
それを縁取るように白樺の林が続く。遠くになだらかな丘が見える。ところどころに泉が湧き出している。
CIMG1125.JPG日本とは少し自然の色合いが違う気がする。緑に水色がかかっているような。北海道の緑に近いかもしれない。少しだけ寂しく、優しい、ノスタルジックな感じがする。










驚くことに、同じ風景が何時間も続く。

これが世界一広いロシアの国土か。
この風景を列車の窓から風に吹かれて眺めることのできる贅沢。

完璧な午後。


踏み切りで待つ、田舎の古い型の車。
サイドカーに息子を乗せ、バイクにまたがるお父さん。

家々の風情も、一見茨城の農家に似ているが、最も違うのは窓の個性。
どんなに古く壊れそうな家でも、窓の桟を白く塗り、縁を鮮やかな水色やグリーンやピンクのペンキで塗っている。
アジアとは違う家づくりの感覚。


暗くてジメジメしたロシアのイメージは180度変わった。
この自然の中で、土を慈しみ、寒さにも耐え、ロシア人は生きてきたんだな。
無愛想なのではなく、もしかしたら不器用で、あったかい心を持った国民なのかもしれない。


<今日のグルメ>
CIMG1111.JPGモンゴルのスーパーで買い込んだ食糧で3食適当に食べる。

車内にレトロな湯沸かし器があるので、インスタントコーヒーを淹れ、切った黒パンにトマト・ソーセージ・チーズを載せたり、りんごをかじったり、スモモを食べたり。
ソーセージが美味しいのはさすがモンゴル。

【ロシア】 列車にマネキン人形!?

2007年07月22日

シベリア鉄道第2弾も3日目。トータル5日目。

夜中の2時、KRASNOYARSK(クラスノヤルスク)駅から父娘が同部屋に乗ってきた。
こんな夜中に乗客なんて…ホームで待ってるの大変だったろうな…
寝ぼけ眼でそう思ったのは覚えている。


翌朝。
目を覚ましてびっくり。





部屋にマネキン人形!?





そして大量のジーンズ、綿パン、カットソーに毛布…。





娘さんは少し英語ができるので話してみる。
CIMG1138.JPGSolongo(ソロンゴ)、モンゴル人、21歳。
高校はロシアに通い、大学はウランバートルで。先月卒業し、夏休みが終わったら学校の先生になるという。

「一人で世界一周!?どうして!?」
という毎回お決まりの質問に、

「未来のhusband(ダンナ様)を探しているの」
とお決まりの答えを言って笑いをとる。


「今回は父の仕事なのよ」
という。

お父さんはガンバットル(覚えやすっ笑)さん。どうやら自分の父親は別にいるらしく、本当のお父さんではないらしい。私を日本人と知るや否や、“おしん”と呼び始める(笑)。




そのうち、電車がNOVOSIBIRSK(ノボシピリスク)駅に近づいた。

その瞬間、2等車に乗っていた全モンゴル人(=私以外ほぼ全員)がめいめい大量のジーンズや下着を抱えてホームに殺到。


ロシア人相手に売り始めた!


ロシア人もそれを承知して待ち構えていたようで(シベリア鉄道に改札はない)、
メジャーを持って寸法を計っているおばさんはいるわ、
値段交渉で何人ものモンゴル人を相手に電卓を叩いているおじさんはいるわ、
若いお姉さんもお兄さんも手当たり次第商品を手にとって、
そりゃあもう大変な騒ぎ。

CIMG1151.JPGジーンズ、綿パン、カットソー、毛布以外にも、下着、サンダル、タオル、カバンから傘まで。

部屋にあったマネキンも服を着せられ、ホームを引きずり回されて商売に一役買っているよう。

あろうことか乗務員のおばちゃんたちもが一緒になって売っていて、各部屋に備え付けのお湯用ポットを売りさばいているのにびっくり。





根っから“生意”(商売)魂を持っている中国人と違い、モンゴル人は笑顔で値切ると簡単にまけてくれるしおっとりした印象を受けていたけれど。こりゃーすごいわ。



20分ほどで列車が発車し、意気揚々と引き揚げてきたソロンゴに聞くと、

ジーンズ1着あたり、モンゴルで300トゥグリク≒270円で仕入れ。
それを、ロシアで200ルーブル≒1000円で売りさばく。

実に4倍弱の利益が出るわけだ。


ホームで売れるのはごく一部。残りはモスクワで売ると言う。


確かにモンゴルの物価は安かった。

中国のタクシー初乗り10元≒150円にも驚いたけど、モンゴルは10分乗って1000トゥグリク≒90円。ネットカフェは1時間500トゥグリク≒45円。1食1000トゥグリクもあればお腹いっぱいになる。

一方、ロシアの物価高は相当のものだと聞いている。
ジーンズが200ルーブルで買えるなんてロシア人にとっては激安に違いない。



隣国の物価高を逆手にとってシベリア鉄道を使い、商品を山のように積んで商売しに行くモンゴル人のなんと逞しいことよ。
ロシア入国時の荷物検査もうまく回避したんだろう。



ロシア経済発展の影響がこんなところで垣間見れたことは相当面白い。
物価高が草の根レベルでも新しいビジネスを創出しているわけだ。



<今日のグルメ>
CIMG1134.JPGもう3日目なので、この列車に乗ってから初めて食堂車を使用することにした。
北京―ウランバートル間と違い、今回は食堂車もロシア製。ウエイターも恰幅のいいロシア人のおっちゃん。

ちょっと贅沢をすることに決める。
①キャビアの乗ったパン
②卵を載せたステーキ
③キュウリの付け合せ
④紅茶
⑤チョコレート
をオーダー。

①はパンにバターとキャビア。キャビアと言っても見た目も味もイクラ。
②のステーキは豚肉だった。柔らかく、塩コショウの味付けも上品。こういう食事に飢えていたよ…食堂車のコックさん万歳!
③はきゅうりのピクルス、⑤はただの板チョコが出てきた。

さて、気になるお値段は…
640ルーブル≒3200円!!
まぁ、ステーキ頼んだ自分が悪いんだけどね…。ロシア物価高に加えて食堂車の割高もあるだろうし。

モンゴルだったら多分5分の1くらいの値段だったろうなぁ。

【ロシア】 Input・OutputとProcess

2007年07月23日

シベリア鉄道4日目(トータル5日目)。
早朝4時、目が覚める。

昨晩、停車駅で降りてソロンゴにアイスクリームをご馳走になった(さっき駅ホームでジーンズ売って儲けが出たから大丈夫よ!らしい。ゴチでやんす!)とき、時計を-4時間のモスクワ時間・サマータイム込に合わせたが、どうやらまだ時差ボケ気味。



みなを起こさないようにカーテンが閉められたコンパートメントを出て、そっと食堂車へ。
B’zを聞きながら物想いに没頭する。

独りで沈思黙考するのは好きだ。シベリア鉄道の長い時間、退屈するんじゃないかという心配は杞憂だった。
むしろこんな風景を見ながらたっぷり考え事をする時間があるなんて贅沢な話。



思い出したのは、大学2年時から起業に関わった株式会社ユニーク。

中高生向けの次世代リーダー育成塾と銘打ち、社会人向けの問題発見・解決能力養成プログラムを10代に教える、という画期的な事業展開をゼロから目指した。

教育プログラムを作成するとき、身に着けるべき能力の細分化でInput・Outputという切り口ではモレが生じるのではないか、という議論になった。

人は、Inputした情報をそのままOutputするのではない。取り入れた情報を自分なりに取捨選択し、噛み砕き、加工して、オリジナルの情報として創出する。

最終的に、その過程をInput、Outputとは別に“Process”という枠組みで捉えよう、という結論が出て、それに乗っ取ったカリキュラムを作成した。


シベリア鉄道で“Process”中やな~と独りごちる。


そういえば、今でもまだまだ青いけれど、あの頃は本当に私も青かった(生意気?笑)。
青過ぎて酸っぱかったくらい。


CIMG1165.JPG昼過ぎ、食堂車に来たイギリス人Tomとカナダ人Louisと仲良くなり、昼間からビールを空ける。

「モンゴルは本物の遊牧民ゲルに行ったの!?いいなぁ。僕もルイスも普通の観光客向けキャンプだったよ」
と言われ、改めて“あづさや”夫妻に感謝。

「ハッハッハ。世界一周でハズバンド探してるって?じゃあカナダ人とイギリス人の若者紹介してあげるよ」
それから延々と相談し、私の旅は二人の故郷カナダのKapus Kasing村とロンドン経由アイルランドに寄ることが決定。



CIMG1171.JPG部屋に戻ろうとしたら、同じ車両ですっかり仲良しになっていたアルラべスシ・アルラボゥクのモンゴル人姉弟に飛びかかられる。
あちゃーまた見つけられちゃったか。よし来い!笑

言葉が通じないので、パントマイムで架空の風船を作ったり架空の綱引きをしたり、紙飛行機作って飛ばしたり。




CIMG1183.JPGボゥクはこの旅での記念すべき友達100人目。それを説明しようにも伝えられないけど…。

今日はデジカメ撮影会ごっこで騒ぎ過ぎ、彼らのママに怒られた…。ごめんちゃいー。








モンゴル人たちは相変わらず、停車の度にホームでロシア人相手に商売。
ホームに警備員がいた駅ではさすがにシーンとしていたが、掃除のおばちゃんが車内までジーンズを買いに来て、持っていたゴミ袋に入れて隠し持って出て行ったのには恐れ入った。


夜は荷物の整理。

今回の旅行で荷物を減らすための珍アイテム。
「水泳用タオル」
スイミングスクールの先生なんかがよく持っているやつ。吸水性が抜群に良く、絞ったらすぐにしまえる(むしろ干すとパリパリに乾いちゃう)。大小2枚持っていたが1枚で十分なので、アメリカ横断予定のチソンに片方あげた。

「圧縮袋」
衣類を入れて口を閉じ、ぎゅーっと押すと空気が抜けてかさ張る衣類がコンパクトに。

「十徳ナイフ」
1cm×1cm×5cmくらいで、基本的な刃物以外にハサミ、プラスドライバー、爪切り、耳かきも一緒くた。

「全世界対応型電源プラグ」
2つのブロックの組み合わせでどこの国のプラグにも対応できる優れもの。
充電はパソコン、デジカメ、iPodのため。
このブログはバイオの一番小さいパソコン(タイプT)を持ち歩いて毎日書くことを自分に課し、今のところUSBに落としてネットカフェでまとめてアップ中。


女の子用アイテムとしては、
「歯間ブラシ」
妹に感心されたので紹介(笑)。マスカラリムーバーのためにコットンを持ち運ぶとかさ張るので、これを浸してまつげをなぞってメイクオフ。洗って何度でも使えまっせ。


貴重品以外で絶対に必要なものは何か、と聞かれたら、間違いなく、
「トイレットペーパー」
トイレ革命の進む中国でもまだまだ完備されていないところが多いし、その他の国でも同様。現地で手に入る。

「サンダル」
和式トイレとシャワーが一緒になっている宿ではこれがないとシャワーを浴びるのがきついんでおまっせ。


入れ物は、
①リュックサック
これはいいものを、と思い、THE NORTH FACEの"W TERRA 40"(女性用40リットル)を奮発。
(池袋丸井ノースフェイスのお兄さんに、絶対ブログで紹介してくれ!と言われていたのをすっかり忘れてた。今ね、今!)
小さめだが、女性の骨盤の形を研究して作られたというだけあってめちゃくちゃ背負いやすい。
疲れたら肩ベルトを外して腰ベルトだけで背負える。いくつもベルトがついていて微調整可能。
肩ベルトの一部に緊急事態用の笛がついている。付属で雨カバー有。

②タイヤつきバッグ
肩凝り持ちなので、アフリカまではゴロゴロ引くタイプの大バッグも併用することにした。
しかし、1代目は初日の韓国で破壊…。おばあちゃんが買い物によく押していくようなタイヤつき布バッグ840円。やはり弱かった…(そらそうや)。
韓国版「109」のような店で黒い布製バッグを値切って購入。
ファスナーで3段階に伸縮可能、その気になれば1人分の人間が入る。
普段は最小サイズにして、たまにリュックも丸ごと入れる。
タイヤが底と平行についているのでスーツケースより運びにくいが、ベルトをつけて犬の散歩のようにゴロゴロ引っ張っていくことにした。

③斜め掛けバッグ
中身は、貴重品、緊急用ブザー、デジカメ、電子辞書、iPod、方位磁針、地図、手帳、3色ボールペン、小さくしたトイレットペーパー。
あとはヘアゴム・飴・鏡(韓国でインへがプレゼントしてくれた)・日焼け止めなど。



さてと。明日はいよいよモスクワ到着。



<今日のグルメ>
CIMG1162.JPG昼は食堂車でボルシチ。

昨日の反省を生かし、頼んだのは他にパンのみ。90ルーブル≒450円。
赤カブベースのスープに、玉ねぎ、キュウリ、ソーセージ、オリーブ、ハーブ、輪切りレモン、サワークリーム。病み付きになる味。






CIMG1195.JPG夜は乗務員さんにつくってもらった夜食(乗務員室には流しとコンロがある)を部屋4人で分けて食べる。
クレープ状に焼いた小麦粉を麵のように細く切り、ソーセージなどの具と炒めたモンゴル料理。
ソロンゴたちはマヨネーズやケチャップをかけて食べていた。

【ロシア】 バカ子ですって?

2007年07月24日

Wakako Tokudaをロシア語で表すと、


Bakako Tokuda


脱力(笑)


CIMG1213.JPGシベリア鉄道5(6)号列車、4泊5日・96時間・6306km
(トータル5泊6日・126時間・7857km)
もとうとうお終い。

CIMG1220.JPGきっとまた会える!










CIMG1254.JPG現地時間14時、モスクワ到着!





みんな背ぇ高!
美男美女多し!






とりあえず地下鉄へ。

切符売り場のお姉さんの数の数え方が違う。日本の3のジェスチャーはロシアでは7のことのようで、切符代は13ルーブルかと思ったら17ルーブル≒85円。

Rの反対は“ヤ”と読むようで、末尾に“CKAR”(スカヤ)がつく駅名が多い。

みな顔の彫りが深くて一見無愛想、まるで怒っているかのようだけど、ちょっと聞くだけで一生懸命答えてくれて最後は笑顔を見せてくれる。ただ英語ができる人はあまりいない。
ジャスチャーとフィーリングと“スパシーバ(ありがとう)”で乗り切る。



北京は天安門を都市の中心としていた。東西南北を4辺とする正方形の南辺の中点に天安門を配し、4辺上に幹線道路を形作る。それが外側に4重(5重)になっている。

一方、モスクワはクレムリンを中心としてサークル状に幹線道路が形作られ、地下鉄も同じようにサークル状である。

皇居を中心として円状に山手線が伸びる東京に近いかも。



KURSKAYA (クールスカヤ)駅から PARTIEANSKAYA (パルチザンスカヤ)駅に向かい、宿にチェックイン。

「OK、バカコ・トクダ。Your…」
その名で呼ばんといてくれや!(笑)

シベリア鉄道にはシャワーなどないので、5日ぶりのシャワー。しかもバスタブがある!極楽じゃ~。




さて。
懐かしき出発前の日本。

「金髪・碧眼・190センチのダーリンをゲットしてくるわ!」
と話していたら、韓国人留学生の智英(ジヨン)曰く、

「あたし元カレがそうだったよ。ロシア人。」

なんですと!!

「ロシア行くなら紹介してあげるよー」

Wow!!
ぜひ!!


ということで、仕事が終わった彼とクールスカヤ駅のアンテリウムデパートで待ち合わせ。

地下鉄で向かうも途中迷ってしまい、なぜか公衆電話も使えなかったので、近くにいたロシア人男子2人組を逆ナン(言葉は通じないからジェスチャーと笑顔多用)して、携帯電話を使わせてもらった挙句、待ち合わせ場所まで連れて行ってもらう。

いやーみんな優しい!!(笑)


そういえば私はよく携帯電話貸してもらってるわなぁ。
チベットのラサ空港に至っては、ガードマンとジェスチャーで仲良くなって警備員室の電話を使わせてもらったっけ。


ロシアンボーイズと分かれて待つこと数分。



来た!



Sokolov Dmitri、 通称Dima(ディーマ)。会計監査法人に勤める25歳。
ナイスガイやー!やるなジヨンー!!
専門は税法で、日本企業がロシア進出する際の仕事を主に担当しているそう。


まつ毛の長さに感動していた私を横目に、フッと笑ってディーマが一言、
「そのスカート短すぎ!」

あわわ北京のノリで短パン(スカートではない)で来ちゃったよ。
すんまへん!
でも他は今全部宿で洗濯中やねん…。

北京で服を盗まれた話をしたらディーマ大爆笑。
「モスクワは服を盗まれることはないけど車を盗まれることは多いね」
ディーマも車にハンドルロック、シフトレバーロックがついている。


CIMG1257.JPGまずはアンテリウムで腹ごしらえ。
ちょっと緊張気味の私。












その後、モスクワ市街をドライブに連れて行ってもらう。

CIMG1264.JPG道路広い!北京の幹線道路と同じかそれ以上?
片側6車線、計12車線。

北京と同じなのは、都会でも空が広いこと。
土地に余裕があることを感じさせる。

自転車やバイクは皆無。
「モスクワは冬が長いからね。雪が降ると車以外は走れなくなるから」





CIMG1271.JPGどうやらモスクワは川の街のようで、本流モスクワ川とその支流が街中をくねくね曲がりくねって走っており、あちらこちらに橋がある。
またその綺麗なこと。










CIMG1277.JPGCIMG1278.JPG街の中心は主にクレムリンの西側らしい。

建物はクレムリンに近いほど低く、
1910~30年代に建てられたものは2階建て、
1930~50年代のものは四角ばってゆとりがある構えのスターリン風建築。

合間にあるのはロシア正教の教会。てっぺんが金ピカに光る玉ねぎ帽子だからすぐわかる。

一方、東側は工場などが立ち並び、地価も安め。


CIMG1279.JPGそれらの合間に現代的なビルの開発が進む。

今モスクワの景気はいいらしく、おしゃれな高層ビルがあちこちで建設ラッシュらしい。

郊外はそうでもないが、モスクワの物価は東京に匹敵するほどだとか。




政治状況はどう?と聞いたら、
プーチンの権力が強過ぎることに一部批判もあるが、やはり人気は高いそう。

現在の好況が反映されているのだろう。

日本企業もこぞって進出中で、ディーマたちの仕事は多い。
街中にはSONY、Canon、HITACHIなどの巨大看板が立ち並ぶ。
一方、韓国系SAMSUNGも目につく。
これは北京やウランバートルと同じ傾向だ。





<今日のグルメ>
CIMG1256.JPGアンテリウムデパートで、ディーマがオススメする名物イクラクレープとクワースというロシア伝説清涼飲料水をいただく。

甘めのクレープ生地の中からしょっぱいイクラが出てきて、なんとも面白いハーモニー。
クワースはプルーン味のコーラのような感じ。












CIMG1294.JPGCIMG1268.JPG
ディーマご推薦のロシアの伝統チョコレート“Alenka”
「チョコレートは明治」派の私も、この味は認めましょう。濃厚で甘さ控えめ。
1851年創業。右側はモスクワ東部にあるこのチョコメーカーの工場。



【ロシア】 クレムリンと愉快な仲間たち

2007年07月25日

シベリア鉄道で出会ったTomトム・Louisルイスとクレムリン観光に行く約束をしていたので、早々に宿をチェックアウト。

しかし、フロントが手間取ったためにかなり待たされる。話してみるとロシア人はいい人たちだ、ということはもうわかっているけれど、サービス業での笑顔の無さ・無言対応はやはり横柄に映る。もぉー!!

結局、急いで地下鉄で向かうも、待ち合わせ場所のメトロポールホテル前に30分遅刻。ごめん!!


CIMG1357.JPGまずは3人で赤の広場へ。
ロシアの中心ではしゃぎまくるイギリス人・カナダ人・日本人。


何を隠そう、今日は

「アーティスティックな写真を撮る」

ことが我らのモットーである(笑)




CIMG1302.JPG雨が降ってきたので、赤の広場にあるモスクワ最大のグム百貨店に避難。
クレムリンの鼻の先で、高級ブティックが立ち並ぶ。

マネキンになりきるトムと私。

トムは母国イギリスで英語の先生をしているだけあって、ロシア語にもかなり関心が高い。トムのロシア語講義を聞きながら大騒ぎでお茶をする。
ルイスはウエイトレスが気に入ったようで、また来ると約束までしている。


レーニン廟で英語ガイドを雇う。残念ながらカメラ持込不可。
冷凍保存のレーニンを見て不思議な感覚を覚える。

レーニン廟にしろ、その他のお墓にしろ、街中の様々な建物に彫られた偉人レリーフにしろ、あちこちで見られる銅像にしろ、ロシアは本当に個人崇拝が強い。
個人を神格化することで中央集権を図ろうとしてきたのはわかるが…。

我ら3外国人は強烈な違和感を覚えたなりよ。


ガイドと別れ、ランチ後にクレムリンへ。

CIMG1309.JPGもちろんよじ登れません。












CIMG1328.JPG入口はこっち。今3時。
















高い塀に囲まれた内部は、大統領執務室、最高会議所、内閣館、ウスベンスキー寺院をはじめとする聖堂などの国家中枢が一手に集まる。道路もあって意外に広々している。
CIMG1336.JPG

「ブラゴヴェシチェンスキー聖堂」を背景に、
ルイスの手のひらに乗るトム。








CIMG1332.JPG

ワカ弾丸、発射用ー意!
「大砲の王様」








CIMG1344.JPG

どこが秘密だって?
「シークレット・ガーデン」








CIMG1353.JPG

美味しいチョコレートケーキはいかが?
「ボクロフスキー寺院」










CIMG1356.JPG

いやー30代と40代とは思えぬノリの良さやった!
ありがとうトム、ルイス!!!
イギリスとカナダでまたよろしゅう!!










地下鉄に乗り、約束の6時、ディーマの会社へ。
お仕事お疲れ様です。オフィス街の中には川があり、それを臨んで堂々構えるERNST&YOUNG会計監査法人で会う。
殺伐としがちなビル群でも、川の風情を生かすところがモスクワのいいところ。

「今日はちゃんと長いの履いてるね」
イエッサー!
ディーマ’sカーで向かうはスズメが丘(レニンが丘)。

CIMG1362.JPGモスクワを一望!!












CIMG1364.JPG「モスクワには代表的なスターリン建築の建物が7つあるんだよ」

確かに確認できますわ!














ディーマの通っていたモスクワ国立大学へ。これも7スターリン建築のうちのひとつ。
CIMG1370.JPGでかっ!!

30階以上ある巨大な建物。
ロシア正教の教会やクレムリンのスパスカヤ塔と同じように、てっぺんに星のマーク。
雲で霞んどる…。

徹底的に手の込んだ装飾。縦横奥行きまで入り組んだ設計。完成までに丸4年。
ロシア最高峰の4万の頭脳が集まる超絶荘厳キャンパス。
学問に対するロシア国家の姿勢に触れたような気がする。


先約があったディーマと分かれ、ひとりぶらぶら街歩き。
CIMG1410.JPG


CIMG1413.JPG














トヴェルスカヤ通りからチャイコフスキー像の前を抜けてアルバート通りへ。


この通り大好きだなぁ。
広い歩行者天国で両側にはカフェやバーが並び、道の真ん中にはアクセサリーや土産物を売る出店が続く。
大道芸人や似顔絵描きに人が集まり、モスクワの陽が傾いていく。






地下鉄は、昨日と今日で9回も乗ったのでもうお手のモノ。乗り換えもお任せあれ。
CIMG1429.JPG
モスクワは地下鉄のどの駅の建物も豪華絢爛!
細部にまで装飾が施される。

これが外側から見た入口。






CIMG1436.JPG

都営大江戸線より深く、核シェルター代わりと噂されるほどの地中に現れるのは、こんなホーム。












CIMG1435.JPG

改札ですらこんな感じ。


そういや、ディーマ曰く、駅名の末尾に多い“CKAR”(スカヤ)は、日本語の接続詞“の”と同じ意味らしい。








宿に預けておいた荷物を取りに戻り、駅でロシア人お姉さんに手伝ってもらってディーマにお別れの電話をかける。多忙な中、本当にありがとう!!

深夜1時5分発の寝台列車に乗り込む。
一路、サンクトペテルブルクへ。


<今日のグルメ>

CIMG1320.JPGガイドから聞いた情報を頼りに向かったレストランでランチ。
細道を入ったところにある”Rhythm & Blues Café”
壁一面にビートルズやローリング・ストーンズを描いたアートが。

①Top Harcho(スープ・ハラショー)
ロシア有名料理。スパイスが効いてカレーに近い。肉と米が一緒に煮込んである。75ルーブル≒385円。

②Shashlik (シャシュリク)
CIMG1321.JPGロシアのバーベキュー料理。タレにつけて食べる。肉は奮発して仔牛を選び、350ルーブル≒1750円。

③ウォッカ。まだ昼間ですが何か?(笑)
Glavspirttrestという銘柄を選ぶ。ショットで50ルーブル≒250円。旨し!


食後、満腹で眠ったフリ。
カメラを構えたルイスが「ワン・トゥ・スリー,Sleep!」と言うのが可笑しくて、トムと私は吹き出す寸前。

【ロシア】 モダンと伝統の融合

2007年07月26日

2等車4人部屋、私以外は全員ロシア人。
今までコンパートメントを共にしたアジア人より、断然静か。落ち着いてるというか…あの騒々しさが全く無い。

CIMG1443.JPG毛抜きを貸したことで仲良くなったのは、彼氏と旅行中の可愛いロシア人の女の子。
「日本人なの?わたし東京好きよ。見てこの帽子、アムステルダムで買ったの」
わざわざオランダでTOKYOキャップ買ったんかい!笑。








午後、サンクトペテルブルグ着。


「バカ子サン?」
はいはい、バカ子ですが何か!?(ヤケ笑)


CIMG1447.JPGホームで振り向いた先にいたのは、ド偉い美人2人。
(写真はフラッシュがうまく焚けてなくて微妙…)

なんだなんだ!?

どぎまぎしていたら、どーやら現地の旅行会社の方々。
私の切符予約を2枚だと勘違いしていたため、キャンセルさせてほしい、そのためにパスポートを貸してほしい、とのこと。
失礼ながらお姉様たちの身元確認。OK、問題なし!どうぞどうぞ!

手続きを待つ間、右側のお姉様とお話。25歳には見えない大人っぽさ。
世界一周でダンナ探しデス、と言ったら、にっこり微笑んで、
「That’s a good idea.」
これを4秒くらいかけてゆっくり言う。
優雅やわぁ~。


ペテルブルグについてあれこれ聞いていたら、
「大学時代はサハリンにいたの。実はあの大自然の中に戻りたくて仕方ないのよ。」
とおっしゃる。


さて。
中心地からちょっと離れた裏手にあるアジムットホテルにチェックインし、辺りをぶらぶら歩いてみる。

CIMG1472.JPGうーん素敵!
緩やかに流れる川と古い感じの建物がマッチして、古い時代にタイムスリップしたみたい。

さすが「北のヴェニス」と言われているだけあるわ。
でも、水路が複雑に入り組んでいるヴェネチアに比べて川がどこまでも広々していて、ゆったりとした気分に浸れる。








CIMG1461.JPG
ニコライ教会が天に刺さっているのが見えてきた。












CIMG1481.JPG『罪と罰』のラスコーリ二コフの下宿が、恐らくこれ。















CIMG1478.JPG川辺でナンパしたロシア人女の子。

「モスクワも行ったの?私モスクワはうるさくて嫌いよ。断然ペテルブルグの方が好き」














今回の対照サンプルは同じ若い女性ロシア人3人。
騒々しいTOKYOが好きなロシア人もいれば、大都市モスクワよりも落ち着いたペテルブルグを好むロシア人、はたまたペテルブルグよりサハリンの大自然を愛するロシア人もいるのね。




さて、と。

CIMG1495.JPG今夜は本場オペラ鑑賞とでも洒落込みますか。




向かったのはマリインスキー(旧キーロフ)劇場。
前から4番目の中央というめちゃくちゃ良い席を、当日券で3840ルーブル≒19200円。
VISAカードくん、出番ですよぅ。








CIMG1491.JPG劇場内は絢爛豪華。


演目は“Larter” (Mid)


舞台上部に電光掲示で英語の字幕が。
お陰でストーリーが把握できそう。




オーケストラが始まった瞬間、ぞくっとした。
うーん、何て良い音!!

舞台装置は現代的で、黒い長方形をいくつも組み合わせただけで中世の街角を表現している。


ただ、いよいよ歌い出してからは…。
正直に言うと、面白く感じられなかった。
オペラは門外漢だし、声質の良し悪しもわからんし…。
しかも話の内容は、しょっぱなから金と女に対する主人公の心情吐露が延々と続く。
おいおいおいおいおい…。


しかし、休憩を挟んで後半。


ヒロインの祖母が身勝手な発言をした影響で、権力者が自殺。
その遺書を見て半狂乱になったヒロインの演技と声量が凄まじくて面白くなってきた。

ヒロインに惚れている主人公が、ヒロインのために金を得ようと画策する。
向かったのはカジノのルーレット。
そこで彼は強運を発揮し、見事大金を得る!というのが結末。


とまぁ、何だかくだらない終わり方だが、見ものだったのは、カジノに集まった20人ほどの面々がそれぞれトーンの異なる赤い服を着ていて、それが舞台装置の黒とコントラストを成したとき。

ゲームテーブルはルーレット、もちろんbetは赤か黒か。
そして主人公は赤に賭け続けて勝つ。

恐らく舞台上の色調でそれを暗示させていて、その仕掛けに気づいたとき惹き込まれた。


最後は、突如、合唱団が登場して「彼は2000も儲けた。ゲームは続行不可能、明日までテーブルはクローズ!」という歌詞を繰り返し歌い続けるのだが、多分ロシア語で韻を踏んでいたのだろう。

オーケストラは最初から最後まで盛り上げ方が絶妙だった。


推測だけど。
恐らく、伝統的なオペラという総合芸術において、現代的な演出を目指したのがこの舞台なのだろう。
モダンな視覚効果と聴覚効果。
なかなか興味深かった。
CIMG1500.JPG最後のカーテンコール。
観客が立ち上がって「ブラボー!」と叫ぶヨーロッパ式の拍手喝采に包まれた。












<今日のグルメ>
CIMG1466.JPG鑑賞前に近くの店でピロシキを。
中国ではダンボール肉まんが怖くて小龍包系は口にしなかったのだが、ここでは安心してロシア風肉まんをチョイス。
揚げたパンの中に、素朴という言葉がぴったりの肉が入っていた。

鑑賞中寝たらマズイ、と一緒にコーヒーのつもりで買った缶飲料。
実はエナジードリンクだった…。
見た目が日本の缶コーヒー“Fire”に似てるから間違えた。

そういえばロシアではどこに行ってもアイスコーヒーがないなぁ。


CIMG1499.JPG休憩時間に買ったスターフルーツのシャーベット。
これ、ヤバうま!!

【ロシア】 ウォッカ酒豪バトルと意気込んだものの

2007年07月27日

Oh my God !!


部屋でつけていたロシア語テレビ。
ニュースが映したグラフに飛びついた。




ダウ平均株価が311ドル安!?
日経平均480円安!!




慌ててネットで株の口座を確認する。

うーむ。ちくしょう。順調だったカゴメもやられるとは…。
これ、旅の後半の資金になる予定なのに…。

仕方ない。反発するのを待とう、と自分を慰める。




さらに。

あーしまった!!

今日の深夜発ヘルシンキ行き切符を買いにフィンランド駅(フィンランドに向かう電車が出るからこういう名前らしい)へ行き、60人の順番を待ってわかったのは、次の電車は明朝発ということ。
ペテルブルク―ヘルシンキ間はたったの5時間で着くのね。寝台列車なんてないんだ。

あちゃー。ここはロシア。
ビザは何とか明日まであるものの、バウチャーがないから今夜ホテルが取れるかわからんぞ…。罰金を取られたという話を聞いたこともあるし、チャレンジするには危険過ぎる…。

どうする?どうする…?


最悪ネットカフェで一晩か…。
あー。今日はほんとツイてないなぁ。


…いや待て待て。こういうときこそプラス思考。

考えろ考えろ。


確か今日は金曜ね。
ウィークデイ最終日、今夜はみんな街へ繰り出すに違いない。

そして。ここはロシア。
何を隠そうウォッカの聖地。


よし、わかった。
これは酒好きな私へのロシア正教の神の思し召しに違いない。


ロシア人と夜通しウォッカ飲み比べと行こうじゃないの!


ま、超自己解釈だけど(笑)、ものは考えようよ。



そうと決まれば話は早い。
駅のロッカーに荷物を押し込み、まずは当初の予定通りネフスキー大通りへ。

CIMG1541.JPGサンクトペテルブルグの中心地。
車がびゅんびゅん通る大通りの上に旗が掲げられ、両側を歴史的建築様式で統一された建物が延々と続く。
建物内に入ればお洒落な服や現代的なインテリアが並び、ペテルブルグの流行発信地であるような雰囲気。日本でいう銀座の位置付けに近いかもしれない。

ただ、あまり好きになれない…。
建物群は古い建築様式で揃えられているが、淡いピンク、黄色、水色、薄緑などのパステルカラーで隙無く仕上げられ、それが何だかわざとらしい。

まるでCanCamの春服特集を見ているよう。なぜここが観光のメインと言われているの? 昨日見た裏手の川沿いに広がる街並みの方がよっぽど風情があった。

歴史的建物を残す、ということの意味は、一体何? 
観光客が来ればそれでいいということでもないし、現代的に美しくラッピングしてしまうことでもないはず。

CIMG1551.JPG建物の合間に現れるカザン寺院や“血の上の救世主”寺院にほっとさせられる。

詩人のプーシキン記念碑を見て、
「プー(無職)なのに詩が書けるから資金(シキン)がある」
とゴロ合わせして覚えた受験時代を思い出す。






さて。
辛口批評をしながらも、目を走らせているのは今夜の遊び場!
ここのナイト事情はよくわからんし、なるべく大きめで、入場チェックがしっかりしていて、警備員がいそうな所がいい。

CIMG1563.JPGよし、恐らくここがベストだなー。
“LVDOVIC”
腹ごしらえをして、深夜1時過ぎ再び訪れる。
お、盛り上がってる盛り上がってる。
ここで私の不良娘っぷりをどこまで曝すか難儀なところだけど…。
正直、久々のクラブ遊びに燃えてきた。


こういうときは選人眼がモノを言う。
第6感を研ぎ澄ます。
3人連れで訪れていたオーラのあるロシア人男性。彼のサソリの刺青を、素敵ね、とジェスチャーして仲間に入る。
スコーピオンの彼の名はセルゲイというらしい。

CIMG1566.JPGただ、ドリンクを任せていたら、シャンパン、ワインと続き、なかなかウォッカが出てこない。
そしてとうとう出てこなかった。

ま、いっか。楽しければ。


曲は日本とそう変わらない。知らないロシアの曲も踊ってりゃ何とかなるなる。

ロシア人の女の子たちのノリの良さに驚く。
大胆だし足も長いし本当にサマになっていいわ。

途中からベリーダンスの振りに没頭するが、どうやら元に戻ってしまったよう…ハヤティ先生ごめんなさい。これも練習しなさいという神の思し召しかも。


あーもうなーんも考えたくない。楽しむのみ~。

飲んでは踊り、踊っては飲んで夜が明けて行く。


<今日のグルメ>
CIMG1555.JPG今日は宿代浮くし~と思って、ディナーは奮発することに。
ネフスキー大通りに面した「グランドホテル・ヨーロッパ」1階レストランのオープンカフェ。決め手は雰囲気の良さ。








CIMG1562.JPG①ボルシチ
②ロシアン・ペルメニ
をオーダー。

①時として、
具がなくなるまで丁寧に煮込んだ高級レストランのカレーより、大きく切った具がごろごろ放り込まれた母親のカレーの方が美味しいように、
具が少なくお上品過ぎるボルシチより家庭的なボルシチの方が絶対旨い。
シベリア鉄道食堂車のボルシチをもう一度食べたいよー。

②かなり待たされて出てきた伝統的料理。皮が厚めの1口サイズのギョーザにバジルとオリーブオイルをかけてある。ん~どうということはないなぁ。

まぁ、オープンテラスからの眺めがよかったから良しとしよう。

【ロシア】 なぜなぜ病

2007年07月28日

CIMG1569.JPGヘルシンキ行きの切符を見せたら、セルゲイが車で駅まで送ってくれた。
スパシーバ。楽しい夜をありがとね!










HELSINKIヘルシンキ行きの国際列車に乗り込みロシアから離れるが、くたくたに疲れた身体とは裏腹に、なぜか頭が冴えてきて眠れない。酔いも醒めてきちゃった。

まーたアドレナリン病か。

急ぎ足で駆け抜けたロシア。
まだ理解しきれていない部分が多い。
同じ大陸の大国で、同じ共産主義(社会主義)の土壌を持つ中国と比較すれば消化できる気はするけど…。



・競争心や商売魂があまり感じられなかった国民性。なぜ中国人とここまで違うのか。

・あちこちで見掛けたSONY、Panasonic、MAZDA、Canon、HITACHIの巨大看板。ディーマの仕事も日本企業相手。日本企業がロシア進出中、今のボトルネックは何なのか。

・結局アイスコーヒーが飲めなかった。コーヒーはホットばかりのこの国で、マクドナルドは見かけてもスタバは全く見かけないのはなぜ?

・地下鉄があんなに豪華なのは治安悪化防止対策? 都市の治安はどうなの? それと券売機がないのはパートのおばちゃんたちの雇用安定?

・不気味なレーニン冷凍保存に代表される徹底した個人崇拝。プーチン信仰もその類か。国民はどう感じているの?

・モスクワが北京と最も違うなと思ったのは、街のあちこちにロシア正教会の金ピカ玉ねぎ帽子があること。ロシア正教が国民に及ぼしている影響は?

・中国では共産党の舞台上からはみ出さない限り何をしようと自由だった。ロシアだとプーチンの手のひらの上か。もしくはそもそも自由という感覚がないのか。



うーむ。考えるには圧倒的に情報量が足りない。

モスクワでお世話になったディーマに質問メールを送ろう、と思いついて何とか頭が落ち着く。
あー。ぼーっとしてきた。




CIMG1584.JPG車内でパスポートチェックを受け、昼、フィンランド到着。

…街全体がクリーンでプレーンな感じがするわ。

何だかフィンランド人はやたらひょうきんな顔をしている気がする。って失礼か?






宿を取る。

せっかくのフィンランド初日。
しかし。
「休むことも覚えなさい!」
と怒るいつもの母上ときむりゃとしんどーくんの声が日本から聞こえた気がする…。
休みを取るのも自己投資、とは親友・阿βが言った言葉だったっけか…。
おとなしく今日はもう寝ますわ。


<今日のグルメ>
CIMG1572.JPG朝食に駅のホームで買ったパイ。具のこの味はアンチョビか。

【フィンランド】 フラット化する社会

2007年07月29日

宿をとったのはHotel Fennno.
ヘルシンキ駅のツーリストインフォメーションで、バス・トイレ共同でとにかくチープな所を、と言って紹介してもらった。

と言ってもユーロが上がりっぱなしの現在。
1ユーロ≒160円。
最安の1泊39ユーロ≒6240円は決して安くはないけれど。


昨日チェックインして驚いた。

これが安宿!?
おっしゃれー!!
CIMG1593.JPGドアや椅子、壁紙からハンガーに至るまで、シンプルなのにちょっと凝っていて、北欧の感覚ってのはこういうこと?と不思議な感覚に襲われる。

宿全体に段差があまり無く、全ての電気のスイッチが腰の高さだ。
バリアフリー?
福祉国家ってのはこういうこと?






そして今朝。
ありがたいことに朝ご飯つき。

CIMG1594.JPGあれ?
同じビュッフェ形式なのに、ロシアの高級ホテルと比べてこの差はなんだ…?

そんなに種類があるわけじゃないのに、とってもアットホームでおいしそう。

お皿にとっていくだけで、まるで私が盛り付け上手な人みたいやん!
なんやろこのセンスの良さ?

この宿だけ特別なのか。
それとも他の安宿もみんなこうなのか。そうだったらエライこっちゃよ。
これは調べてみる必要がありそうです、姉さん!(昔のドラマ“ホテル”赤川一平役の高嶋政伸風に)。


ラウンジにはWiFi(無線LANコーナー)完備。
4ユーロ≒840円払ってパスワードもらえば、Myノートパソコン・バイオくん使ってコードレスでインターネットし放題。

あいにく外は雨。
どうやら疲れも溜まっているようだし、ちょっとネットをいじりますか。

弟①からドコモアドレス帳の取り出し成功!というメールがデータと共に送られてきていた。

私が置いていった携帯本体を実家から取り寄せ、ドコモショップに足を運んで個人情報保護契約あたりを交渉し、miniSDデータ経由でエクセルに落とし込んでくれたらしい。

持つべきものは有能な弟である。


Skype(スカイプ)のプレゼント分クレジットがあったので、インターネットを使って日本にいる弟①の電話に音声電話を掛ける。

「ちょっとめんどかったけどね。どういたしまして」

と言う普段通りの弟の声に、フィンランドにいるということをしばし忘れる。

これで1分あたり2~3円。国際電話より遥かに安い。ネット同士なら画像付き通話もタダ。


今まで雑多に流し込んでいたブログの過去記事のレイアウトも直すことにした。

ゼミの研修で福井県に向かっている最中の管理人Kのケータイに、相談メールを送る。
すぐに返信が来る。


なんだかな。世界一周してると言っても、今の時代、その気になれば誰とでもリアルタイムで連絡がとれる。
しかもどんどん安く便利になる。
うん。それはいいことなんだけど。
なんだかなぁ。ちぇ。なーんかつまらんなぁ。



ラウンジにいたら、中国人ビジネスマンの李超(リ・チャオ)さんもWiFiでネットをしにやって来た。

コーヒーをご馳走してくれたのをきっかけに、いろいろと話が弾む。

経済学部卒で、中国にある建設工事用自動車の販売会社に勤務。
ヨーロッパのほとんどの国とはライセンスを結んでいるがフィンランドだけが最後に残っているので、今は現地会社とパートナー契約を結ぶ交渉に来ているのだそう。


工事用機械だったら、今はアジアやアフリカの方が断然需要あるんじゃないの?
と聞いたら、
まぁ確かにヨーロッパの建設ラッシュはずっと前に終わっていて、そのときは日本の会社が全部持っていったんだけどね、
と笑う。


「ヨーロッパに仕事で来るのは面白いよ。中国とビジネスのやり方が全然違うからね。」
と言う。
「自分が学生のとき習ったのは学術的な経営知識だったから役に立たないけど。交渉の仕方が1番違うね。ヨーロッパ人は中国人と違って、決定するときSeriouslyでストレート」

なるほどね。
出張でこっちに来ないと仕事は成立しないという訳か。


よし。
WiFiもSkypeも、便利なツールは最大限活用して旅に生かしまくる。
ただ、いくら便利になったからとは言え、現場に行くことには徹底してこだわろう。

そこに私が旅する意味があるはず。


<今日のグルメ>
CIMG1601.JPGチャオさんが、タイ料理とイタリアン(彼の名前はイタリア語で「さようなら」という意味だ、というジョークが飛び出した・笑)のどっちがいい?と聞くので、タイ料理をチョイス。

宿のすぐ近く、「ファーストフード」という謳い文句を出していれど、テイクアウト分すら注文後に作るこだわりよう。

同時に4つのフライパンを操るサンタクロースみたいなおじさん。
客はのんびり待っている。

CIMG1602.JPGチャオさんがご馳走してくれたのは“Busilika, Kana, possu, toi, tofu”とフィンランド語で書いてあった店のおすすめメニュー。

肉と野菜をかなりHOTに炒めてタイ米にかけてある。
出来たてで美味しい。つけ合わせでキャベツがついてきた。

テーブルの上に置いてあった雑誌は「BUDOUKA-武道家-」というタイトルで、フィンランド語で日本人の武道家がたくさん紹介されていた。

日曜のフィンランドはたいていの店が閉まっている。営業していたこの店も夜8時に閉店!
休日といったら日本でも中国でも稼ぎ時なのにねぇと言って笑い合う。

【ATTENTION】 Dear My Foreign Friends

2007年07月30日

Thank you for all of your kindly comments and mails.
It is truly happy for me to read them!

ATTENTION;
 If you want to view my web page in other languages, please use “Google Translate”
   1. Access to http://translate.google.com/translate_t
   2. Fill a blank with “www.tokuwakako.com
   3. Choose your favorite language
 Thank you.


親愛なる外国の友人たちへ
あたたかいコメントやメールをありがとう。本当に嬉しく思っています。

 お願い: 
  もしこのホームページを違う言語で読みたいときは、「グーグル翻訳ツール」を使ってください。
   1.http://translate.google.com/translate_tにアクセス
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  よろしくね。

【フィンランド】 距離感0.7

北京でお会いした朝日の加藤千洋さん(7月8日:http://www.tokuwakako.com/2007/07/post_5.html)から頂いたメールで、昨日は参院選だったことに気付く。
旅行にかまけて棄権しちゃったわ…。
それにしても大変なことになっている。蒲島教授は今さぞかしお忙しくされてるんだろうなと思う。


宿にはヘルシンキ以外から来たフィンランド人も多く泊まっている。
彼らのマナーは今まで触れたことがない類のものだ。
ドアは必ず開けて先に通してくれるし、廊下でもエレベーターでもすれ違うと必ず“Hi”や“Hello”と囁いてくれる。
自分の領域は自分で、がモットーのようだった中国人やモンゴル人とは根本から何かが違う。


洗濯機の使い方がわからず困っていたら、朝食で相席になったフィンランド人のおじさんがいつの間にか見に来てくれて、待っていなさい、と言う。
7階下のフロントまでコインの両替に行ってくれていた。
その後も私がボタンをひとつひとつ確認しながら押すのを見守り、無事ランドリーマシンが動き始めると静かに去っていった。
先回りして「これをどうぞ」と差し出してくれるような類の親切である。

もちろんアジア人も困っていたら助けてくれる。ただ、そのときの距離感はものすごく近い。
道を尋ねるくらいでも、「お前とオレは今兄弟になった、何でも言ってくれ!」ってなもんである。


中国人の他人との距離感は0か1かしかない、

と言っていたヨシの表現を借りれば、

フィンランド人は常に0.7といった感じか。


CIMG1624.JPG昨日に引き続いて空はどんより。
長袖を羽織らないと肌寒い。
ダンナ探し旅は夏を追いかける形で移動するつもりが、フィンランドのベストシーズンは6月だったらしい。

宿の周囲を散歩。人はまばら。

これは雨天に限ったことではないのだろうと思う。
晴れていた到着日もやっぱり人は少なめだった。
バケーションで南欧に行っている人たちがいるからかもしれないが、昨日と違ってウィークデー。
それでも明らかに雰囲気自体が閑散としている。
フィンランドの人口はたった500万人。

宿は駅から徒歩10分ほど離れた小高い場所とはいえ、首都の真ん中に変わりはない。
周囲は至るところにオープンテラスのバーがあり昼間からビールを出しているが、混んでいる店を見たことがない。
カラオケと書かれた店ではバーの客のうちの1人がゆっくりとした曲をゆっくりと歌っているという感じ。
クラブも名ばかりで、客が選んだ音楽を流してただ飲む店である。


なんだか、人の性格も街の雰囲気も起伏が小さいというか何というか。
決して悪いって言ってるんじゃないんだけど。

ムーミンはやはりこの感じをよく表現しているかもしれない。
ぱっと見て喜怒哀楽の感情が伝わってこないムーミンたち。変化の乏しいムーミン谷。

何だか全然テンションが上がらない。
アジアの喧騒が懐かしい。


CIMG1611.JPG夜7時、今日は朝からラウンジでパソコンに向かって仕事をしていたチャオさんと、近くにあるKallio Berghall教会のパイプオルガンコンサートへ。

中に入ると、頭上に高い天井、正面に大きな十字架とシャンデリア。しかしちっとも派手な感じはしない。

オルガンは教会後部ちょうどドア真上の2階にあるので、キリストに向かって座る聴衆からは楽器どころか演奏者すら見えない。

静かに演奏が始まる。予想よりあっさりしてプレーンな音。
中学のとき、地元・水戸芸術館でパイプオルガン奏者に花束を渡したことがあったような気がするが、あのときは会場内に響き渡って天に昇っていくような音色じゃなかったっけかな。


周りのフィンランド人を観察してみる。
みんな何を考えてるかわからんなぁ。感動してるとかムスッとしてるとかぼんやりしてるとかいった表情が読み取れない、かと言って真剣に聞いているわけでもなさそうだ。
なんか人形のように見えてまうなぁ。
チベット仏教徒の宗教に対する熱烈ぶりとはえらい違いや。

演奏がBGM状態になった私は物想いモードに突入し、そのうち瞼が重くなって…。


帰り道、
「ワカが来る前はこの消防署のサイレン(siren)がうるさかったんだよ」
とチャオさんが言うので、
「私、(雨女ならぬ)、静か(silent)女だからね~」
と嘘吹く。

明日、彼は1ヶ月の出張を終えて母国に帰る。
「花束でもあげられればよかったんだけど」
と言って、お別れに中国の花刺繍のハンカチをくれた。



CIMG1641.JPG<今日のグルメ>
近くのスーパーで食料を買い、部屋の冷蔵庫に入れている。
スーパーでさえ客は常に2~3人といった感じ。
今日買ったのは水とりんご。水1ℓが0.95ユーロ≒152円。りんごは袋入りで買ったが、バラ売りの最安値品種がなんと1個1.95ユーロ≒312円からというから驚いた。

【フィンランド】 あぁ、私寂しかったんだ

2007年07月31日

CIMG1645.JPGフィンランド名物と言えば、サウナ。
宿のサウナは最上階にあり、朝6時から4時間営業している。
1日の始まりにひとっ風呂(ひとっサウナ?)浴びることにする。


不思議に思っていた宿の鍵。プラスチックに穴が開けてあるだけで磁気もない。
そうか、サウナの中にまで持って入れる鍵ってわけね。
私の他には誰もいない。


今日も雨。日中気温14度。どこが夏なんじゃ!!
北部に世界遺産観に行きたかったのになぁ。
街の閑散とした雰囲気と相まって、全然気分が乗ってこない。
でも、もうそろそろテンション上げたい。
ヘルシンキのど真ん中、駅周辺まで行こうと立ち上がる。
外は強い風雨、折り畳み傘がキノコになる。


小学校くらいのときに背伸びして読んだ「ザ・ギバー―記憶を伝える者―」という本を思い出す。
確か書いたのはロイス・ローリー。
人々は、人類の英知の結果生み出された苦痛も個人差も差別も全くない理想郷に住んでいて、
そこに出てくるクリーンでプレーンな世界観がまさにこの街にぴったり。


記憶を受け継ぐ者に選ばれた主人公は、この理想郷が本当に幸せな場所かどうかを悩み、
最終的に人々に本当の意味での喜怒哀楽の感情を取り戻そうとしたり、
差を無くすため白と黒しか存在しなくなっていた世界に色を取り戻そうとする。

そう、世界観は似ているとは言っても、あの話と最も違うのはこの街の色遣い。

ヘルシンキのあちこちに見られる色彩はなんと表現したらいいのか。
プラスチックっぽい…というのも何だか違うし、うーん、北欧っぽい色調、という表現がぴったり…(笑)
ボキャ貧であきまへんなぁ。

アジアの色調がどこか灰色がかったり茶色がかったりしていると言えるなら、北欧では明彩色にうっすら水色がかっているというか。ちょっとファニーな色というか。




CIMG1627.JPGトラム(路面電車)が街の色彩の象徴である。
人は少ない一方で、歩いていると10秒に一度は視界のどこかしらに路面電車が入ってくる。
少しおもちゃっぽいグリーンとベージュではあるがクロネコヤマトのトラックによく似ていて、それを見ると条件反射のように、あぁ今日おばあちゃんから宅急便来るかなぁと心待ちにした幼い頃が蘇る。

…なんか昨日から昔のことばかり思い出すなぁ。あかんな。ノスタルジックになり過ぎや。




目を楽しませたくて、ヘルシンキらしい色彩を求めて雨の中をあちらこちらへと歩く。

CIMG1668.JPGCIMG1687.JPG
CIMG1697.JPGCIMG1722.JPG
CIMG1663.JPGCIMG1693.JPG




駅近くの郵便局に入る。




距離感0.7の中でこの恥ずかしムービーを撮ったら、何かが吹っ切れた。


元気無くしてる場合じゃない。

はにかんでてもしょうがない。


0.7は四捨五入すれば1になるわい。


現場主義って決めたんやないんか!




ここから人物取材に切り替える。
カメラを出してニッと笑えばポーズを撮ってくれるようなアジアのノリとは全然違う。
彼らフィンランド人をびっくりさせてはいけない。挨拶して、きちんと許可をとってから。

写真を撮らせていただけないですか、と言うと、みな一様に驚いて、なぜ? と聞く。
でも、あなたの服が素敵だから、あなたの髪型がキュートだから、ときちんと言うと、OKをもらえることもあるとわかってくる。

とにかく声を掛けまくる。

CIMG1719.JPGCIMG1714.JPG
CIMG1700.JPGCIMG1710.JPG
CIMG1699.JPGCIMG1690.JPG
CIMG1709.JPGCIMG1720.JPG
CIMG1688.JPGCIMG1717.JPG


こうしてよく見るとなんてお洒落な人ばっかりなんだろ。人口少ないのにクオリティ高!
来る人来る人みんな被写体になり得るこのセンス。
ちょっと楽しくなってきた。
フィンランド入りしてから、やっと調子出てきましたよ自分。

それでも5回に2回は断られた。
めげてもしゃーない。だって0.3の分があるんだもの。


そのうちに、彼らが着ている赤色にすっかり惚れ込む。

が、しかし、こんな青味がかった赤トーンはプラチナブロンドの髪にしか似合わない(アジア人が着ると色褪せてるように見えちゃう)。残念。

CIMG1729.JPG妥協してこんな色のキャミソールを買う。
ALE(フィンランド語でSALE)中で5ユーロ≒900円。
下はチベットで買ったターコイズ石のネックレス。チベット人売り子の携帯電話メニューを英語から中国語に切り替えてあげて仲良くなり、相当お得に手に入れた。
同じ青系でも北欧とアジアじゃやっぱり色味が全然違う。

フィンランド人には値切りなんて通用しないだろうな。
買い物のとき店員も私も真剣にファイトするあの感覚。
どこもかしこもカード払いができる店ばかり(為替手数料かからないから助かるけど)の中で、不審者扱いされるのがオチ。


色彩センス、脱帽モノ。
この悪天候をフィンランドの長い冬に近い、と考えてみるならば、
厳しい冬を居心地良く乗り越えるためインテリアや色バリエを工夫する、その気持ちが理解できるような気がする。





と、今日はここまで書いて、あることに気がついた。
認めたくないけど正直に書こうと思う。
私はここに来てから寂しかったんだなと思う。

チャオさんの帰国を聞いて取り残されるような気がしたのも、
出発1週間前から毎日つけているこの日記が昨日初めてうまく書けずに苦労したのも、
ここに来てからラウンジにいた時間がやたら長かったのも、
ケータイのアドレス帳に旅行中の連絡先を送ったら届かなかったものがあって何とも言えない気分になったのも、
あまり眠れないのはお日様が見えないゆえの時差ボケのせいにしようとしたのも、
朝からサウナに行こうと思ったのも、
なぜかやたらお腹が空いたのも、
顔に吹き出物ができたのも、
昔のことばかり思い出したのも、
返信が滞っていたメールを早く処理しなきゃと思ったのも、
しかもその文面がやたらハイテンションだったのも、
旅行に出てからやり取りしたメールを全部読み直したのも、
ブログの日本語が読めないという外国の友人に対処する手段を考えたのも、
宿の近くで見つけたバスケコートに誰かいないか頻繁に見に行っていたのも、
強風雨のなか人がいそうなところに出掛けようと思ったのも、
まず郵便局に行ってポストカードを出そうと思ったのも。

うわ。こんなにあるのか。

私は誰かと繋がりたかったんだ。


今日はたくさんのフィンランド人を撮った。でも。
3日半ここにいて私自身が一緒に写ったフィンランド人はタイ料理屋のサンタクロースみたいなおじさんだけだ。
しかもそのおじさんに会いたくて、一昨日だけじゃなく昨日の夜も同じ店に行った。フィンランドにいるのに2日連続タイ料理。


フィンランド人は、今までのような友達の作り方が通用しない。
宿でもしゃべる機会はあったけど一度も一緒に笑い合っていない。
心の距離のとり方が難しい。
控えめ過ぎる優しさなら、無視される方がマシかもしれない。
それがこんなに自分に影響しているとは思わなかった。


フィンランド人たちの色のセンスが抜群でよかった。
今日何度断られても諦めなくてよかった。
そうじゃなかったらきっと旅の途中で後悔してた。



<今日のグルメ>
CIMG1661.JPGここで食べきれないほど注文してしまった。
駅近くのレストラン。
ピザにチーズの入ったパンに山盛りのスープ。
会計のときに後悔した11.5ユーロ≒1840円。
きっと美味しいものを食べて寂しさを埋めたかったんだろうと思う。

プロフィール

徳田和嘉子

  • 徳田和嘉子
  • 1983年生まれ。東大法学部卒。
  • 来年春から社会人。その前に夢だった世界一周へ。
  • 「東大生が教える!超暗記術」著者。
  • 尊敬:緒方貞子さん。
  • 趣味:バスケットボール、ベリーダンス、サーフィン、バイク。

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