【フィンランド】 距離感0.7
2007年07月30日 03:17
北京でお会いした朝日の加藤千洋さん(7月8日:http://www.tokuwakako.com/2007/07/post_5.html)から頂いたメールで、昨日は参院選だったことに気付く。
旅行にかまけて棄権しちゃったわ…。
それにしても大変なことになっている。蒲島教授は今さぞかしお忙しくされてるんだろうなと思う。
宿にはヘルシンキ以外から来たフィンランド人も多く泊まっている。
彼らのマナーは今まで触れたことがない類のものだ。
ドアは必ず開けて先に通してくれるし、廊下でもエレベーターでもすれ違うと必ず“Hi”や“Hello”と囁いてくれる。
自分の領域は自分で、がモットーのようだった中国人やモンゴル人とは根本から何かが違う。
洗濯機の使い方がわからず困っていたら、朝食で相席になったフィンランド人のおじさんがいつの間にか見に来てくれて、待っていなさい、と言う。
7階下のフロントまでコインの両替に行ってくれていた。
その後も私がボタンをひとつひとつ確認しながら押すのを見守り、無事ランドリーマシンが動き始めると静かに去っていった。
先回りして「これをどうぞ」と差し出してくれるような類の親切である。
もちろんアジア人も困っていたら助けてくれる。ただ、そのときの距離感はものすごく近い。
道を尋ねるくらいでも、「お前とオレは今兄弟になった、何でも言ってくれ!」ってなもんである。
中国人の他人との距離感は0か1かしかない、
と言っていたヨシの表現を借りれば、
フィンランド人は常に0.7といった感じか。
昨日に引き続いて空はどんより。
長袖を羽織らないと肌寒い。
ダンナ探し旅は夏を追いかける形で移動するつもりが、フィンランドのベストシーズンは6月だったらしい。
宿の周囲を散歩。人はまばら。
これは雨天に限ったことではないのだろうと思う。
晴れていた到着日もやっぱり人は少なめだった。
バケーションで南欧に行っている人たちがいるからかもしれないが、昨日と違ってウィークデー。
それでも明らかに雰囲気自体が閑散としている。
フィンランドの人口はたった500万人。
宿は駅から徒歩10分ほど離れた小高い場所とはいえ、首都の真ん中に変わりはない。
周囲は至るところにオープンテラスのバーがあり昼間からビールを出しているが、混んでいる店を見たことがない。
カラオケと書かれた店ではバーの客のうちの1人がゆっくりとした曲をゆっくりと歌っているという感じ。
クラブも名ばかりで、客が選んだ音楽を流してただ飲む店である。
なんだか、人の性格も街の雰囲気も起伏が小さいというか何というか。
決して悪いって言ってるんじゃないんだけど。
ムーミンはやはりこの感じをよく表現しているかもしれない。
ぱっと見て喜怒哀楽の感情が伝わってこないムーミンたち。変化の乏しいムーミン谷。
何だか全然テンションが上がらない。
アジアの喧騒が懐かしい。
夜7時、今日は朝からラウンジでパソコンに向かって仕事をしていたチャオさんと、近くにあるKallio Berghall教会のパイプオルガンコンサートへ。
中に入ると、頭上に高い天井、正面に大きな十字架とシャンデリア。しかしちっとも派手な感じはしない。
オルガンは教会後部ちょうどドア真上の2階にあるので、キリストに向かって座る聴衆からは楽器どころか演奏者すら見えない。
静かに演奏が始まる。予想よりあっさりしてプレーンな音。
中学のとき、地元・水戸芸術館でパイプオルガン奏者に花束を渡したことがあったような気がするが、あのときは会場内に響き渡って天に昇っていくような音色じゃなかったっけかな。
周りのフィンランド人を観察してみる。
みんな何を考えてるかわからんなぁ。感動してるとかムスッとしてるとかぼんやりしてるとかいった表情が読み取れない、かと言って真剣に聞いているわけでもなさそうだ。
なんか人形のように見えてまうなぁ。
チベット仏教徒の宗教に対する熱烈ぶりとはえらい違いや。
演奏がBGM状態になった私は物想いモードに突入し、そのうち瞼が重くなって…。
帰り道、
「ワカが来る前はこの消防署のサイレン(siren)がうるさかったんだよ」
とチャオさんが言うので、
「私、(雨女ならぬ)、静か(silent)女だからね~」
と嘘吹く。
明日、彼は1ヶ月の出張を終えて母国に帰る。
「花束でもあげられればよかったんだけど」
と言って、お別れに中国の花刺繍のハンカチをくれた。
<今日のグルメ>
近くのスーパーで食料を買い、部屋の冷蔵庫に入れている。
スーパーでさえ客は常に2~3人といった感じ。
今日買ったのは水とりんご。水1ℓが0.95ユーロ≒152円。りんごは袋入りで買ったが、バラ売りの最安値品種がなんと1個1.95ユーロ≒312円からというから驚いた。



