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2008年01月 アーカイブ

アフリカ縦断報告Vol.2

2008年01月07日

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太陽暦のみんな、
新年明けましておめでとう!!

ムスリムの友人たち、
Id al-Adha(犠牲祭) おめでとう!!

ユダヤ教徒の友人たち、
Simchat Torahおめでとう!!

ロシア正教徒の友人たち、
Novy God & Rozhdestvo おめでとう!!

そして本日、
エチオピアオルトドクスの友人たち、
メリークリスマス!!


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Dear the Solar Calendar users,
A Happy New Year!!

Dear Islamic friends,
Congratulations on Id al-Adha!!

Dear Jewish friends,
Congratulations on Simchat Torah!!

Dear Russian Orthodox friends,
Congratulations on Novy God & Rozhdestvo!!

And today,
Dear Ethiopian Orthodox friends,
Merry Christmas!!

**********

現在、 ケニア にいます。
牛たちと共に家畜トラックの荷台に乗って、昨日ナイロビ到着。
ちょうど一昨日くらいに大統領選後の暴動も落ち着き、商店なども営業再開しているようです。明日デモがあるとかないとか噂が飛び交っています。
私は大丈夫やでー!めっちゃ元気よ!


***************
<アフリカ縦断報告Vol.2>

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故郷・日本がちょうど元旦を祝っている頃、私はエチオピアで“ワカ”という名の木を見に行っとりました。
エチオピア人が口を揃えて「ワカ。“ワカ”を見に行け、“ワカ”を見に行け」と言うので、なるほど同じ名前かと思い(でも本来の表記は“warka”らしい)、ちょっくら行ってみるかーと向かったアリ村。

でーっかかった、“ワカ”。

アリ族の子どもたちが、“Waka!Warka!Waka!Warka!”と言いながら競争して“ワカ”の木の実を拾い集めてくれた。
気になるグルメ具合は、プルーンを発酵させて潰し、味をすっからかんに抜いたような食感。…。

2008年。“ワカ”みたいにでっかい人間になろ。
(見た目サイズはすでにでっかいけども。)



さて、エチオピア後半。
西暦の1月7日、ちょうど今日がエチオピア正教のクリスマス。
12月26日以降も「メリークリスマス!」という言葉に溢れる国。

木と同じ名前というのに加え、目立ちまくりのこの髪形のおかげで、ちょっと歩くだけでよう覚えてもらったわ。特にラスタ信仰者と。首都アディス・アベバで特に仲良くなったのはジャマイカ人とのハーフ・ヨナス。「ガンジャ(大麻)はホンマにピースフルかいな?日本じゃ違法やでー?」
彼の故郷は、黒人奴隷制に端を発し、英雄ボブ・マーリーを崇高するラスタの聖地・シャシャマネ村。合言葉は「ガンジャ(大麻)、タバコ、カネ、ラブ、リスペクト。」


その後、2日かけて悪路をバス移動、ジンカ村へ。

少数民族の呼称を、「○○人」or「○○族」、どっちで呼ぶかは難しいところ。後者はたぶんに「部族」という差別の意味合いを含む、らしい。
が、ここでは「○○族」の表記で。

なぜなら、彼らは「族」呼びをアイデンティティにし、しっかりビジネスしてたから。




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女性が下唇にお皿をはめ込む、ムルシ族。
こっちを見つけた途端、どわーーーっと走り寄ってきて、
「ボト!ボト!2ブル!!」

ボト=photo、つまり「写真撮れ!1枚2ブル(≒26円)!」
っちゅーこと。全員がモデル志願。
こっちが、「もういいよ…」って言っても、自分の姿を誇示し、写真を撮って金を払えとしつこく要求してくる。
うひょー。マイノリティを逆手に取った肖像権ビジネスやー。









ハナからそういう扱いをしてくるのであれこれ思案したけれど、一緒にマンゴー剥いて食べ、差し障りなく遊んでいたら、ようやくボト、ボトという声が収まる。
意外にも重要視しているはずの割礼儀式が怖かったり、写真代を貯めて装飾品を買いたかったり、という本音を知る。

友達になった大学生で元ハマル族のミミとマルクに連れられて、ジンカマーケットに行く。
そこで各地域の民族たちが集まり、それぞれ自慢の物品を売る様子を見る。
さらに、今じゃこのマーケットが一大観光名所になっていて、逆に各民族たちの肖像権ビジネスの場になっていたり、民族出身のガイドたちの稼ぎの場になっている様子が見える。

IMG_4858-.jpg
また、コンソ族出身の会計士によると、皿はめ込みムルシ族など土着の生活をしている民族は多くの牛を買っているため「金持ち」で、「生活に不自由がない」ので「教育を受ける必要性がない」という認識らしい。
コンソ村はムルシ村と違って一応水道や電気を使っていて(まぁ、汲み置き水&電気は夜3時間のみだったけどネ…)、学校に通う子どもたちで溢れている。それでも、農耕民の彼らは放牧民のムルシ族より貧しいのだと言う。






6.jpgまた、6年前は写真を撮っても何も要求してこなかった。それが変わったのは観光客が増えたここ数年。













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さて、そこから魔の超ローーーーーーーング悪路移動。
ケニアとの国境・モヤレまでバスで1日。


そこからのバスは故障して来ない(よくある)。
牛の家畜トラックしか来ない(これまたよくある)。
仕方がないので、地元の人たちと共に家畜トラックの荷台に乗って、23頭の牛たちと共に丸2日、サバンナのでっこぼっこ道を移動。






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…ジェットコースターの揺れよりひどい。車酔いするタイプなら10分で吐いてしまいそうな状況。座席は荷台の天井部分の鉄格子。路上に覆い被さる木が現れる度に頭を屈めて避けないとならない。びゅんびゅん強風、ぎらぎらの直射日光、くさーい牛の臭い。
さらに揺れで牛が転ぶ度にトラックは止まり、将棋倒しになった牛たちを牛使いが叩き起こしてまた出発、という繰り返し。




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でも見方を変えれば、サルやインパラや見たこともないような鳥、途中の村の色とりどりの民族、放牧されている牛や羊やラクダを特等席から見下ろすことができて、むっちゃ面白かった。












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11.jpgトラック上でケニア空軍の兄ちゃんと仲良くなり、イシオロ村で彼の友達の結婚式にお呼ばれ。こっちの結婚式は夜通し踊りまくる。地方の村は平和そのもの。












12.jpgそして昨日、首都ナイロビ到着。暴動虐殺事件も収まり、街は活気を取り戻しつつあります。














<抜粋・今日のグルメ>
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ケニアの主食のひとつ、ウガリ。白トウモロコシを潰し、お湯で練ったもの。スーパーでは粉状で売られていて、家庭で練り込むようだ。味付けはなく、ビーフシチューなどと混ぜて食べる。モチモチした感触でかーなりボリュームがあり、お腹にたまる。


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<未アップ分タイトル>
【エチオピア(続き)】
12月 24日 激ムズ!変則ビートでオールナイト
25日 サンタクロースは2週間後!?
26日 ラスタ魂「Take the ガンジャ!」
27日 アンチ・ステレオタイプ
28日 路上で洗濯する人たち
29日 またもや超悪路ジェットコースター
30日 濃ゆいアフリカ大地
31日 ムルシ族の肖像権ビジネス
1月 1日 「ワカという木を知ってるかい?」
同日 ジンカ多民族マーケット
2日 踊る農耕コンソ族
3日 卸売商人、モヤレへの道

【ケニア】
4日 ドナドナドーナー家畜トラックの荷台に揺られて
5日 空軍ブライダルパーティー
6日 暴動明けのナイロビ

I Am Here

2008年01月23日

Now I'm in South Africa.
After Kenya, I've gone to Tanzania, Zambia, Zinbabwe, and here.
My african journey is pretty interesting, so I've met many good & bad troubles, amaizing situations, and wonderful persons.
Anyway, I am fine. No problem.

アフリカ縦断報告vol.3

2008年01月27日

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【ケニア(続き)】

えーと、左の方、どなた…?(笑)

これがナイロビ最新ヘアーだそうで。
アフリカでのモテ度がかなり上がりました。笑。








さて、一体ナイロビで何が起こっていたかと言うと…

12月末のキバキ前大統領の再選をきっかけとして暴動が始まり、ナイロビを中心に200名を越す死者が出ている。

最後の選挙地区で開票が大幅遅れ。

なぜか有権者の倍近い人数を母数に、多数派キクユ族に支持されるキバキ氏が再選。
これに対し、元来からキクユ族のビジネス進出に対して不満を抱いていたルオ族、カレンジン族、ルヒヤ族、カンバ族などの怒りが爆発。

暴動・虐殺へと発展した。



私が到着したのは、ちょうど2日ほど前に街が落ち着き始め、シャッターを閉めていた店も少しずつ開き始めたときだった。

選挙前、街は支持政党のオレンジやブルーのTシャツで溢れていたという。
開票中、どの民族出身の人もみなテレビの前に噛り付き、一喜一憂。
開票後、街は荒れ狂い、宿の宿泊客はみな2週間もの軟禁状態。

IMG_0014-.JPGが、現在でも依然虐殺は収まっていないよう。
最近のアフリカトップニュースはこのことばかり。
このとき(1月第一週末)の為替レートは8ヶ月ぶり最低の1$=Ksh(ケニアシリング)68.50 。
外貨獲得第一位が観光業なのに、あらゆるツアー予約が半年先までキャンセルに。
欧米系のツアー会社も軒並み撤退。

…どうするのよ、観光大国!!


ナイロビの街は普段から超危険、歩くにはかばん×、アクセ×、チープな腕時計すら×。手ぶらで必要最小限のお金のみわからないところに身に着ける。
命が惜しかったら日暮れ以降は絶対外出×。

ヒルトンホテルやバークレーズ・バンクが並ぶきらびやかな通りから1歩ダウンタウンに入ると、そこはスラム街。歩くには危険すぎるのでタクシーで回る。

インド系移民を中心に合法じゃないであろう商売が繰り広げられ、掘っ立て小屋が延々と続き、アスファルトの上に3メートル四方くらいのゴミ溜めが何箇所もできている。

サファリだマサイ族だと観光PRしている東アフリカの中心都市、実態は問題が山積み。


話をしたケニア人で印象深かったコメントは、
「私はどの民族出身でもない。私はケニア人だ」




【タンザニア】
ナイロビが少し安定を取り戻している間に、ケニアからタンザニアへ国境を越えることに。

ナイロビ以降はちゃんとしたバスもあるし、何より道路がアスファルト!!
楽チンだなーと思っていたら、

アスファルトの上を、
ダチョウが走ってる!!!!!!

いやーさすが!!

道路脇には牛の放牧をしているマサイ族がたくさん歩いており、色合いの異なる赤い布を3種類くらい身につけ、頭に鳥の羽をつけ、牛を叩く用の杖をついて歩いている。
バスが通ると手を振ってくれる。


一方、生活の変化の様子も垣間見える。
道路がアスファルトのためだろう、自転車数が急に増える。
自転車にまたがるマサイ族。

休憩所の土産物屋などには普通の服を着て観光客に物を売る、いわゆる「ビジネス・マサイ」もいる。

「もうかりまっか?」と聞いたら、
キクユ族とマサイ族のハーフのニョモさん曰く、
「そこそこでんな」
うそ笑。でも、マサイ族の土産物ビジネスは一大産業だって。




さて、この後わたくし、人生最大のピンチを迎えました。・・・




<抜粋グルメ>
ケニア
前回紹介した主食ウガリのキクユ族バージョンを街で発見。
ムキモといい、形は同じだがグリーン・ビーンズを混ぜているため緑色をしている。とうもろこしやジャガイモも全て潰さずに多少形を残してあるので、「ぷちぷち」といった食感が楽しい。

朝食を食べに入った喫茶店で、アロルズという芋を発見。
ポテトやソーセージと共に並んでいたそれは、見た目が筍、皮を剥くと紫色の芋が登場。
食感は里芋のメークイーン版といった感じ。無味。ケチャップをつけて食べる。

旧英植民地だけあって、Fish&Chipsのファーストフード店が圧倒的に多い。

*************

<未アップ日記タイトル>
6日 暴動明けのナイロビ
7日 オモテの顔とウラの顔

アフリカ縦断報告vol.4

【タンザニア(続き)】

・・やられた。

1日半眠り続け、目が覚めたらパソコンが無かった。
デジカメと電子辞書とiPodもなかった。

やられた。
睡眠薬強盗。



タンザニア最大の都市、ダルエス・サラーム。
インド洋に面した街、黒人奴隷出航港バガモヨのすぐ近く。

アル-シャからバスが遅れて夕方着いた私は、暗くなる前に早く宿を見つけたくて、同じバスに乗っていたコンゴ人ジョンとタクシーをシェアして中心部へ向かった。

3軒目でやっと空いている部屋を見つけ、そのジョンとお疲れビールで乾杯した。
こいつが犯人。
目の前で栓を開けたビンビールだったから油断してた。
気づかない間に睡眠薬を入れられていた。

コンゴは旧仏植民地で公用語がフランス語のため、ジョンは英語が片言しか話せない。
お互いに言語を教え合っていたところまでしか記憶が無い。
あいつ・・・!!!
電話番号嘘っぱち。多分名前も嘘っぱち。
眠った私のことを、飲みすぎて酔っ払った、とフロントに告げて部屋の鍵を入手し、まんまと荷物を物色。

目覚めてがんがん頭痛。
とりあえず日本大使館へ。
その後警察に届け出るも月給8000円の彼らの仕事は遅く熱意はない。



不幸中の幸い、嫁入り前の身体は無傷。
パスポートとクレジットカード類も残ってる。
旅は続けられる・・・が、どうしようか。
こんな目に遭って、本当に続けるか?

なんだかんだ言っても自己責任。油断した自分が全て悪い。
7ヶ月分の写真が消えた。未アップ分の日記も全て消えた。(あと書きかけの連載記事原稿も消えた。)

今までの旅をひとつひとつ振り返る。
楽しかった思い出、出会った人の顔が洪水のように押し寄せる。

そして「辛くなったときに読め」と言われたケニア空軍アブディの手紙を思い出して取り出す。

一緒に牛トラックに乗って移動し、ムスリム話で盛り上がり、その後同僚の結婚式に呼んでもらって朝まで一緒に踊った彼ら。「お前は肌が白いなぁ」「ううん、私ホワイトじゃない、イエローよ。」「へぇ。おれたちなんてブラックだぜ。…見てみろよ、こいつなんて一番黒い、ブラッケストだぜ。はっはっは」…

“ワカ。俺には5人女姉妹がいるが、お前は6番目の妹だ。お前と出会った日を、俺は生きている限り忘れない。人生の中で友情は色褪せていくものだが、俺はいつまでもこの友情を大事にしたい。ワカも忘れないでくれ。そしていつか、また再会しよう。俺の妻や子供たちに紹介する。幸せになってくれ。旅が満足いくように終わることを祈っている。”




呆然としていた状態から、やっと涙が出た。
私は旅を続けることにした。






写真は無くなってしまったけれど、ダル・エス・サラームに行く前にキリマンジャロに1日登山した。
地元ガイドのラスタボーイ・テディに連れられ、5800メートル級の山の森林部を登る。カメレオンやベルベットモンキーが登場、日本の山とは一味もふた味も違う。

そしてサファリ、素晴らしかった。
宇宙からやってきた隕石が造った直径40kmのンゴロンゴロ・クレーター。
青々とした若草色が延々と続く。
目の前を横切る、立派な牙を生やしたアフリカゾウの親子。
首を伸ばして背の高い木の葉を食べるマサイキリンの群れ。
沼の中であくびをしながら身体をゴロゴロ回転させるカバたち。
ケニアから命を賭けて川を渡ってきたヌーの大群。
草を食む何百、何千というシマウマ。その周りを徘徊するハイエナ。
水を求めて川付近へと移動するバッファローたち。それを川岸で待ち構えるライオン。
湖に映えるフラミンゴ、ペリカン、木の上に密集するコウノトリ。

ああ、“天地創造”とはこういうことなのかもしれないな、と思った。
宇宙からのプレゼントでできた地に、動物の楽園が広がっている。
私は死に場所を選べるならここで死にたい。
人間の欲やしがらみが全て無意味と化すようなこの場所で安らかに死にたい。




<抜粋グルメ>
corn.JPG
タンザニア
バナナは2種類あり、甘くない方は主食として使われる。焼いて塩をつけて食べる、不思議な感覚。
とうもろこしも日本のスイートコーンとは違って、白くて堅い独特の風味。
道端ではパイナップル、アボカド、焼きバナナ、焼きとうもろこしなどが売られている。
(写真は後から行ったザンビアのルサカ、こちらは日本で売られているような黄色いスイートコーンを焼いている)

みな頭の上に荷物を乗せて歩く。観光によって現代化された町の中を、鮮やかな布をまとった女性がバナナの房を頭に乗せて悠々と歩いていく。

**************

<日記タイトル>
タンザニア
8日 イマドキ『ジャンボ!』はもう古い
9日 キリマンジャロ入門
10日 サファリ奇想天外!
11日“天地創造”
12日 睡眠薬強盗
13日 意識回復せず
14日 あーヤラレタ

アフリカ縦断報告vol.5

2008年01月28日

【タンザニア(続き)】

ダルエス・サラームからザンビアへは中国援助で造られたタンザン鉄道が走っているが、圧倒的に早いと聞いたバスに乗ることにした。



…早くない。ぜんぜん早くないよ。




24時間で着く予定が、なんで48時間かかるかね??
なんで国境で24時間待たなきゃならんのかね??
運転手も理由がわからないってどういうこと??

私以外はみなアフリカ人。私とボツワナ人の美容師お姉さんがぶーぶー怒っただけで、みな「仕方ないか」と言った感じでバスの動かない24時間を悠々と待つ。

さすが、これがアフリカの時間感覚。スワヒリ・タイムや。


周りにも待たされる車が多くて、車体に日本語で「所沢 ひまわり幼稚園」だとか、「めいらく スジャータ」だとか書いてある。日本中古車の行く先はここ。



そのうち、「ケニア大統領選挙をどう思うか」について、乗客の中で喧々諤々の討論が始まった。
ケニア人、ボツワナ人、タンザニア人、ザンビア人、モザンビーク人、コンゴ人。もちろんみな英語で討論。みなそれぞれの民族の言葉も話せるが、植民地の影響で公用語が英語かフランス語。

バスの中で、アフリカ各国の出身者たちが、ペラペラの英語で、ケニア選挙について討論している。

「アメリカがやはり口出ししてくるな。ヒラリーが当選しても黙っちゃいないだろう」
と言うので、なぜ?と聞いたら、
「民族的要因以上に、ケニアは半分がイスラム教徒だから政治的に軋轢があるのさ」
という返事。

ケニア大統領選挙、日本では注目度は低かったらしいが、アフリカでは国を越えて大注目。




【ザンビア】

lUSAKA1.JPG
予定を大幅に遅れ、バス内で2泊して、やっと首都ルサカ到着。
アフリカらしさは、歩いている人の肌の色にしか見ることができない。
そこそこ整備された街並み。そこそこ現代的な服装をした人たち。
カフェにPCを持ち込み、無線ランでネットをしている人たちを見かける一方で、停電や断水はしょっちゅう。
現代化に向けて変化が起きているかと思えば、基礎的なところで抜けている部分が多い。
秋葉原のような電気店の一角があり、そこでデジカメ購入。

LUSAKA.JPG
一方で、なんだかがっかりしてしまったのは、青年海外協力隊の一人と話をしたときだ。
ここには国全体で100人もの隊員がいるという。ルサカだけでも30人ほど。
ボランティアでやってくる人にはもちろんモチベーションの差があり、一生懸命やっている人もいるのは無論であるけれど。
そうでない人もいるのだ。
辛口は控えるべきだけど…これだけは言いたい。なぜ自分が希望してやって来た国の説明も、仕事の目的の説明もできないのかなぁ。

JICA派遣で住居費も生活費も日本の税金で賄っている、純粋にはボランティアとは定義できない状況での活動の質を思う。


それから出会ったザンビア人行政担当官ナチーとこのことを話す。ボランティア、いないよりはマシだけれど…と言葉を濁される。

ナチーに、どうやったら日本の企業を誘致できると思うかを熱心に聞かれた。
日本の10円玉にはザンビア産の銅も使われている。銅の原料輸出に税金かけて、国内加工してから輸出するようにしたらと言ったら、政府がキャンペーンを始めたけれど国内に担い手がいないのよ、と言う。

ザンビア、経済成長にもがく。


今まで乗ってきたおんぼろバスとは比較にならない、最新5列座席のぴかぴかバスに乗って、国境の街リヴィングストン到着。




<抜粋グルメ>
タンザニア
私は問いたい。なぜ、生のまま落花生を食べるんだ!!
絶対乾燥させた方が美味しいよ!!!

SAKANA.JPG
ザンビア
美味!ザンベジ川の川魚!!焼いた白身にレモンを絞って食べるだけで、香ばしいのにふわっとした感触が味わえる。
主食はさまざまな穀物が混ぜられているウガリと違って、純粋にとうもろこしの粉だけで作られたぷにっぷにの食感。付け合せの野菜も、ピーナッツとかぼちゃの葉の和え物など独特の感覚。
炭酸だと思って頼んだサバンナ・ソーダは、地元人気のスパークリングワイン。

***************

<未アップ日記タイトル>
タンザニア
15日 涙の雨季と水漏れバス
16日 国境討論24h

ザンビア
17日 …つまんない
18日 それでいいのか青年海外協力隊
19日 行政担当官のホンネ

アフリカ縦断報告vol.6

【ジンバブエ】




満月の夜、滝に掛かる虹を見たことがありますか…?




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ジンバブエには滝を越えて入国する。
橋が跨ぐのは、ザンビアとの国境と、大量の流れ落ちる水、そして虹!!!












圧巻、ヴィクトリア・フォールズ!!
長さ2km。近寄ると水飛沫で常に雨降り状態。
言葉が出ないとはこのこと。




victoria2.JPG


























満月まであと1日と迫った夜、一緒に国境を越えたワンジョンと、こっそりと橋の上に戻る。
月明かりに照らされて、滝の上に虹が出来るのだ。

降り続く雨季の雨がちょうど止んだ瞬間。
カーブした虹は見られなかったが、まんまるの月の回りに円形の虹ができるのを目撃した。
言葉が出なかった。収められなかった。

アフリカの大地は、砂漠あり、ジャングルあり、オアシスあり、乾季に雨季があり、巨大な滝があり。幻想的な風景。Amazing!!





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おーほっほっほっほ、大金持ち~!!!!
これで1000円ちょい。2500万ザンビアドルの札束に早変わり!


ザンビア国内は、現在超ウルトラハイパーインフレーション中。


政府公定レート、1US$=3,000ザンビア$。
一方、闇両替、1US$=300,000ザンビア$。

さらに1週間前は1US$=250,000ザンビア$。
凄まじい勢いで物価が上がっていく。
数年前まで100円の価値があった1000ザンビア$のお札が落ちていても、今や物乞いさえ拾わない。

クレジットカードなど使ってはならない。支払い日までにとんでもない割合で値が上がっていく。
日本人が夕食1回分をカードで払ったら、後で57万円の請求が来たのは有名な話。


oscar.JPG
闇両替はもちろん禁じられているが、警察のいないところで両替人を捕まえて話を聞いた。

ジンバブエ人オスカー、27歳。
大学卒業後、小口の貸金業会社に就職するが、インフレに便乗した闇両替で儲けた方が得だと気づき独立。物資が圧倒的に足りないこの国で、南アフリカ通貨のRandランドで石油輸入もやって手広くやっているようで。




むっちゃ頭切れる感じやったけど、次第に
「なぁ。ドライな金についてだけじゃなくて、愛についても語らないか」となかなか上手に口説き始めた。
でもダンナさんにするにはちょっとなーという感じだったので、「この国のお金と同じように、愛もよく変わるものだからやめとくわー。」と言ってお断り。





<抜粋グルメ>
ジンバブエ
IMG_0101.JPGワニ肉の揚げ物。鳥のササミに爬虫類を混ぜたらこんな味がすると思う。淡白なのにねっとりしているというか、独特の苦味のようなスパイシー感があって、ワニと言われると納得。












orstrich.JPGダチョウのフィレ肉ステーキ。最高!!!特上の牛肉のよう。脂身がないのにびっくりするほど柔らか~い。アスファルト上を駆けるダチョウを見て以来ダチョウの虜。

でも、ジンバブエワインは美味しくない。
一緒に飲んだ赤、大失敗。

***************

<未アップ日記タイトル>
ジンバブエ
19日 圧巻!ヴィクトリア・フォールズ!!
20日 満月の夜に掛かる虹を見たことがありますか?
21日 超ウルトラハイパーインフレーションで両手に札束

プロフィール

徳田和嘉子

  • 徳田和嘉子
  • 1983年生まれ。東大法学部卒。
  • 来年春から社会人。その前に夢だった世界一周へ。
  • 「東大生が教える!超暗記術」著者。
  • 尊敬:緒方貞子さん。
  • 趣味:バスケットボール、ベリーダンス、サーフィン、バイク。

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