【エストニア】 フルコースでどうぞ

  • 2007年08月03日(金)
  • 16:25

ヘルシンキからフェリーに乗ってちょうど100分。
向かったのはバルト3国北端のエストニア。
今朝は首都Tallinn(タリン)はOld Town(旧市街)の宿で目が覚める。


今日はチャリダーで行きまっせー!!




まずはOld Town。

石畳でちょっとおケツが痛うございますが、まるで中世の古き良きヨーロッパに迷い込んだよう。






タリンのシンボル、高さ1237メートルのOleviste Kirik教会に上ってみる。

60メートルにある展望台からの眺め。

昔行ったフィレンツェよりもだいぶこじんまりしていて、家々の屋根の色合いにバラエティがある。






教会内部はこんな感じなのだけど、スピーカーとテレビがさりげなく配置されていて、この歴史的な教会が今日でもミサなどに使われていることが偲ばれる。






 



Old Townを抜けると、おしゃれで現代的なNew City(新市街)が広がる。


その端には、地元民が集う市場があり、生活の匂いを感じる。農協の倉庫のようなものが近くにあるみたい。



林を抜け、



ロシア正教の天使が導くままに進むと、









海だ!!!!!!!




浜辺でビーチバレー。いいねぇ。

これに加えて、
川あり、
森あり、
草原あり、
池あり、
庭にブランコのある丸太小屋あり、
手入れが行き届いた高級住宅地あり。








山だけがない。平坦な地、それが逆に移動をしやすくしている。本格的なマウンテンバイクもたくさん見かける。

ここはヨーロピアンバイカーたちの聖地のようよ、みおーちん。

しかしよくもまぁこんな小さな地区にこれだけの要素が集まったものだな。
もしこれだけ上質なテーマパークをつくることができたなら、ディズニーランドなんて目じゃないに違いない。

そして物価の安さ。
EU加盟国だが通貨はクローン、ドミトリーで同じ部屋だったアイルランド人のおじさん(旅好きらしく色々教えてくれるのだが、文末にyou know? =知ってるかい?ばっかりつけるのでユーノーおじさんと命名)も、煙草のマルボロが1ユーロ≒160円(母国では7ユーロ≒1420円、実に7倍)で買えると喜んで何カートも買い溜めしていた。

エストニアの観光要素と物価安。
ヨーロッパ人がバカンスにここを選ぶ理由がわかりまんなぁ。



さて、今日からエストニア人の家庭にホームステイします。

ホームステイ紹介所にいたのはMadli O’hakaさん。
私が日本人とわかるや、「空手やってるの。日本語で数を数えられるわよ!」
となかなかフレンドリー。

「私の名前、日本語で“お墓”という意味なんでしょ」
と悲しそうに言うので、
「ファーストネームは“レイアウト”という意味よ。」
と教えたらびっくりしてた。



そうしておしゃべりしているうちに、Erendi家から空き部屋の連絡が入り、私はそこにお世話になることに。

出迎えてくれたのは笑顔の素敵なSadeママ(デジカメにちょっと緊張気味)。
しばらくご厄介になります!






<今日のグルメ>



昨夜宿をとったのはOld TownにあるOld Houseというホステル。
風情のある街の様子をインテリアにも反映したこだわりの宿なのに1泊290クローネ≒2610円。安!!
朝私を待っていたのは、目覚めたことを幸福に思わせるような朝ごはん!
バカンスでもう2週間もここに滞在しているというスイス人と一緒に食卓を囲む。

珍しいのは伝統的エストニアンフード“KAMA”。
テーブルに添えてあったメモ書きに拠ると、ライ麦、コムギ、オオムギ、ピースミール(えんどう豆の粗びき粉)を混ぜてあり、100gあたり341kcal。見た目はただの粉、食感はきな粉に近い。
これにKeefirという白いどろっとした液体をかけて食べる。見た目は白いのにラズベリーの味がするヨーグルトのようなソースで、木の実の味がするものもある。

【エストニア】 アットホームな順応性

  • 2007年08月04日(土)
  • 17:08

サデママの家にホームステイしているのは、イタリア人エド(エドアルド)、アイルランド人アン、私の計3人。


昨夜は初対面5分でエドにクラブに誘われ、「さすがイタリア人、誘いがめちゃ早いな〜」と感心しつつノリ良く合意。え?2週連続だって?いやいや今回は受動態ですって(笑)


エドは英語を学びたかったので、物価(つまり学費)が安く古き良きヨーロッパの風情も残るエストニアの大学を選んで留学し、そのままここで社会人になったらしい。サデママと同居して2年。
2ヶ月前にエストニア人の彼女と別れてブロークンハート中、金曜は毎週クラブ通いをしているが、今夜は誰も女友達が捕まらなかったところにタイミング良く私が現れた、幸運だー、ということらしい。さいでっか〜。



しかも私が撮った写真が気に入らず、Eメール添付で自分の写真を大量に送ってきた。はいはいはいはい、仰せのままにこちらの写真に致しますデス。はい〜エドくんです〜。


今日はアンがオープンエアー(野外)博物館に行くと言うので一緒に行くことにした。


アンはアイルランドの大学で化学の研究者をしていて、1年間休みをとって世界一周。私と逆の東回りコースで、ちょうどサデの家で出会ったというわけ。


タリンの中心からシティーツアーバスに乗り込み、インターホンで流れるガイドを聞きながら博物館へ。


ここは農民たちの家を歴史ごとに保存してあり、彼らの生活の変化を垣間見ることができる。



…てか、アン!
私、日本の田舎にいるみたいよ!!



日本農家とのクリソツさに驚いていたら。





…ってここは登呂遺跡か!!



弥生時代と変わらぬ竪穴住居的保存庫が19世紀製?
原始的だよなぁ、ロシアから移民してきたばかりで大変だったのかなぁ


 



そう思っていたら。


その後の変化が凄まじい。



あっと言う間に江戸時代を乗り越えて明治維新、昭和初期の農村形態へ。


そのスピードに驚いていたら、
「急激なmodernization(現代化)ね」
とアン女史も言う。


 


帰りのバス内の説明で、エストニアは中世にドイツ荘園の一部となり、その後ロシア、スウェーデン、デンマークの影響を経て、ソ連の支配下になったことを知る。
順応性の高さはその歴史の中で磨かれたものか。



サデ家に戻る。
ここで繰り広げられる会話は凄まじい。


私の英語はJapanese+English=ジャングリッシュどころか、
まぁ通じればいいジャン!グリッシュといえるノリのテキトー英語だが、
それに加えて、アンのアイルランド訛りのクイーンズ・イングリッシュ、エドのイタリア系巻き舌発音(インターネットがインタルラネットに聞こえる)、そしてサデのエストニア的スタッカートが利いたブツ切れ英語で、もはや誰もきちんとした英語ではない。


それでも会話が成立するから面白いもんである。


そして圧巻は、サデママの話せる言語の数!
エストニア語、英語に加えて、ロシア語、フィンランド語、スウェーデン語、スペイン語、ドイツ語の実に7ヶ国語!!
エストニアの学校では、第一言語でエストニア語、第二言語で英語とロシア語、第三言語でドイツ語かフィンランド語かどちらか、を勉強するらしい。
それに加えて、サデママは昔何年か南米で暮らしたことがあり、スペイン語もカバーしている。


私がびっくりした顔をしていたら、
「これはヨーロッパ人のスタンダードよ。みな母国語と英語は話せるし、それ以外にもいくつか話せるという人は多い。似たようなアルファベット文字だと単語の形が似ているものも多いから覚えやすいのよ」


いやいやいやいや。恐れ入りました。
ヨーロッパ人の言語能力の高さにはびっくり。
その中でも特にエストニア人の言語に対する順応性の高さは群を抜いていると思う。
確かにスーパーひとつに行くにしても、全てがエストニア語・英語・ロシア語・ドイツ語の4ヶ国語で表記されてるんだよね。


複雑な歴史と、そこに支配されていた中で言語や文化を柔軟に吸収していった様子が容易に想像される。





サデのお嬢さんはフィンランドでのプロの演奏家をしており、サデ家にも高価なチェンバロがあった。
ピアノの起源となった楽器だ。
私の祖母と母はピアノの先生だ、とサデに言ったら、
「あなたは伝統を受け継がなかったのね」
と言われる。ほんまや!確かにそうや。


触らせてもらう。ハンマーでなくて爪で弦を弾くので、ギターに似た音がする。
サデママが丁寧に説明してくれ、楽譜も見せてくれる。


サンクトペテルブルクで観たオペラの話をしたら、
「それはきっとチャイコフスキーね」
と言っていろいろ教えてくれた。
なんだか包容力のあるサデママが私の第二の母に思えてくる。
ヨーロッパにおけるマイ・マザー。


サデママと話していて、彼女の持つ雰囲気はエストニア全体にも通じるかもなぁと思う。
エストニアは様々な国に侵略されてきた歴史を持つのに、全く悲しげな感じがしない。
むしろ、それらを全て包み込む形で自国自体も変容してきたような印象を受ける。


象徴的なのがスカイプだ。エストニアはインターネットの普及が世界でも驚くほど速かった国で、選挙もインターネット投票、口座振込みも97%がネット経由と言う。その文化が私たちが日常使っているスカイプを生み出した。


昨日見た旧市街と新市街の見事や融合やよりどりの自然の種類の豊富さも、今日見た農村の現代化の速さも、この国の言語や文化の幅の広さも、こんなフレキシブルな国民性があるからこそ維持できるのかもしれない。


エストニアは変化に対する順応性が驚くほど強い。しかし、それは全く主張することなく、静かにしなやかに、まるでサデ家のようにアットホームな雰囲気で進行している感じがする。


本当に強い変化というのはこういうものではないかと思う。



<今日のグルメ>



オープンエアー博物館でアン女史がご馳走してくれたカツレツセット。昔の農民の食事を再現したものらしい。
円形に焼いた豚のひき肉。フォークで触れるとすぐ崩れるほどの柔らかさ。
ポテトとサラダ、ライ麦パンがつく。
アンが手にしているのはりんごで作ったサイダー。

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旅人

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1983年生まれ。東大法学部卒。
社会人としてスタートを切る前に、夢だった世界一周へ。

尊敬:緒方貞子さん
趣味:バスケットボール、ベリーダンス、サーフィン、バイク

著書

メディア出演履歴

【雑誌】
『Zai』(ダイヤモンド社)「ミニ株バトルコーナー」連載(06年7月号〜07年7月号)
『社労士V』連載(日本法令)(07年10月号〜)
『メモ ノート200%活用ブック』(日本能率協会)
『クロワッサン』(対談 高田万由子さん)
『週刊現代』『女性セブン』
『CIRCUS』『日経キャリアマガジン』
『月刊人事マネジメント』
『週刊ダイヤモンド 別冊特集』
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