【トルコ】 ダブル和嘉子

  • 2007年09月04日(火)
  • 00:42

私がヨーロッパを超高速移動してまでも会いたかった相手。大嶽和嘉子。

珍しいこの名前を同じように持つ同い年に、大げさに言えば私は運命を感じちゃっている。

彼女は一言で言えば“魔性の女”。
女の私でさえフェロモンを感じて仕方ない。もしも私が男なら、一度は彼女のような女に振り回されたいと願うに違いない。

彼女は学生でありベリーダンサーでもある。
出会ったのはほんの7ヶ月前、FRIのイベントを通じて。ちょうど私が東大ベリーダンスサークルの愉快な友人たちに誘われて、ハヤティ先生に習い始めた時期だった。
サークルで6月に開いたベリーダンスイベントには特別ゲストとしても参加してくれ、忘れられない思い出になっている。

ダブル和嘉子は面白いほど正反対である。
私が左脳系の女なら、彼女は右脳系の女である。
私がよく言われる長女タイプなら、彼女は永遠の妹タイプである。
私が言葉を紡いで自分を表す人間なら、彼女は身体を動かして自己表現する人間である。
私がまず会話を楽しんで相手と交流し、心を許した瞬間に感情を見せる女なら、彼女は感情と感情を緩急つけてキャッチボールし、ふとした一瞬に鋭い見解を放つ女である。

お互い全く違うので、刺激を感じずにはいられない。

Wakakoは昨日までの1週間、イスタンブールで開かれていた「ベリーダンスフェスティバル」という世界級ワークショップに参加していて、今日からしばらくフリー。
到着したSirkaci駅からダッシュで彼女のいるホテルに行って待ち伏せし、ちょうど彼女がロビーに入ってきたところに背後から「ハァイ、my sweeeeeeeeeeet Wakako!」と呼んだら飛びついてきた。

Wakako、トルコで会えて本当に最高よ!


壮大なアヤ・ソフィア大聖堂に挨拶したら、まずはシーシャ(水タバコ)バーで積もる話でもしよっかね♪

最初に話すのはラブと相場が決まっている。
ワカコダンナ探しの報告をして、Wakako日本のラブ現状を話す。

それから、9月はワカコとWakakoの真ん中バースデイ。てわけでプレゼント交換。
私からはスロヴェニア産の揃いの赤いネックレス。
Wakakoからは、本庄兄さん小渕兄さんと一緒に「旅に必要不可欠なものは…!」と頭を絞ってくれたという、
『人志松本のすべらない話』全4回分
『ビリーズ・ブート・キャンプ』全コース
他お笑い系DVD。
…さすが!わかってまんなぁ。確かに笑いがないとあきまへん!あざっす!
しっかしビリー全巻って(笑)…ちと食べ過ぎ気味なんもお見通しかい。ガンバリマスワ。

昨日までのベリーダンスワークショップはハードながらも相当面白かったらしく、1日7時間×1週間も踊り、さらにベリーダンスの歴史や分析を学ぶ授業もあったという。
 ベリーダンスは中東が起源で、女性たちによる豊穣や繁栄を祝う踊りとして始まった。地域によってそれぞれ異なる特徴を持つが、現在は大きく分けてトルコ系とエジプト系がある。
トルコ系は創造性がより自由なのに比べ、エジプト系は伝統的な型を重視する。最近はロシア人女性が出稼ぎに来て安い給料で踊るという現象が各地でよく見られるが、トルコではそれが公然化しているのに比べ、エジプトではそれを問題視して国内ダンサーに免許を発行、エジプト人しか踊れない体制をとっている。さらにエジプトでは、ここは露出していいとかこういう動きは禁止とか、規制も厳しい上にころころ変わる。
そのエジプトでアメリカ人にして免許を取得した凄腕ダンサーがナイル川流域のダンス特性の研究結果を講義してくれたり、世界各地のベリーの踊り方を比較する映像を鑑賞したり、と知的刺激も満載だった、とWakakoは詳細に話してくれた。

んじゃー今日は二人でダンス三昧といくかー!
まずはスーフィーダンス鑑賞へ。会場はなんとSircaki駅の一室。駅舎内にステンドグラスで装飾されたステージがあるとはね…!

スーフィーとはイスラム教神秘主義者の意。スーフ(羊毛)の衣装をまとって踊って神への祈りを捧げる面白いイスラム教一派だ。

いやー…何とも形容しがたい摩訶不思議さにしばし圧倒されて言葉が出ず。この頭の傾きは、この衣装は、この回り方は一体どんな意味があるのか。神との一体感に恍惚を覚えているような。瞑想に溺れているような。

CIMG5199-.jpg さて夜は、Wakakoを迎えに行ったホテルのスタッフの夜遊び誘いに乗ってクラブへ。ボスポラス海峡を一望できるバーで飲んだ後、クラブでダンスナイト。連れてきてくれたトルコ人男性2人をほったらかし、彼らが呆れるほどWakakoと二人で踊りまくりましたとさ。

<今日のグルメ>
再会を祝したランチは、王道ケバブ。ケバブは本来鶏肉か羊肉のひき肉を棒状に焼いたもので、最近日本でも見かけるグルグル回る肉の削ぎ落としはケバブではなくシュワルマという。バルカン半島でケバチチと呼ばれていた。柔らかくてスパイシー、間にナスを挟んだものもあり、「世界一美味しい」と言われるトルコのパンによく合う。

【トルコ】 イスタンブールの男たち

  • 2007年09月05日(水)
  • 02:51

 本日最初のTo Doはイランのビザ申請。
適当な布を調達し、長袖を着て写真屋へ。イラン入国には女性はスカーフ必須、肌の露出も厳禁。光沢のある水泳帽のようなキャップに髪の毛を押し込み、街を歩いているイスラム教徒のトルコ人女性を真似て巻いてみる。うっわーマヌケ…。
出来上がったスカーフ写真を持って、スカーフのままイラン大使館へ。ここからが山場。
ビザがいつ出るのか、さらには出るのか出ないのかも大使館スタッフのご機嫌によって全てが決まる。許可してもらえなかったとか、2週間待たされたなんて話はざらに聞く。

初めて見るペルシア文字を横目にしながら、窓口のイラン人男性の詳細な質問に答えていく。どうして入国したいのか、知り合いはいるか、その連絡先は、その知り合いとはいつどこでどうやって出会ったのか、滞在先の住所は。こういうときは相手の目を見ながら、少し高めの声トーンで、一言一言をゆっくり丁寧に答えていくに限る。
建前上、知り合いに会いに行く、ということにしたので、あらかじめ調べておいた適当なイラン人名、適当な住所、“女性の”友達がいる、などと答える。

順調にいったが、最後の質問に行き詰る。
「なぜそんなおかしな格好で来たんだ。お前はイスラム教徒なのか?」
うっわー意地悪な質問ー!イスラム教徒じゃない外国人女性にも全てスカーフ着用を義務付けているくせにー!

そこへWakakoが助け舟。
「彼女はイスラム教徒に誠意を示したかったのです。」
これで空気が一変。にっこり笑って「ジャパニーズガール気に入ったよ。明日来い。」だって。まさか翌日発行してくれるとは!


旧市街の南に宿をとっている私たちが街に出るには、対決するように向かい合うイスラム教の巨大なブルーモスクと、元イスラム教モスクでその後キリスト教大聖堂になったこれまた壮大なアヤソフィアの間の広場を通って北に歩く。ここは宗教がコングロマリットしている。


巨大な物品市場のグランドバザールを覗いてから、ブルーモスクのはずれにある地下宮殿へ。
貯水場として使われていたここは、魚が泳ぐ水の合間をライトに照らされた柱が立ち並ぶ幻想的な空間。奥には、メデューサの姉妹の頭部がひっくり返され、封印の意味で柱の下敷きにされている…ぎょえー。

トルコは噂どおりナンパが絶えない。特にアジア系女性に対してはなおさら。街を歩くと「ニィハオ?アニョハセヨ?コンニチハ?」と10m毎に声がかかる。アジア系が似たような感じに見えるのはわかるけど、なんつーテキトーなあてずっぽう…。こんにちは〜などと挨拶を返そうものなら、「ジャパニーズガールズ アー ビューティフル! どうしてきみはそんなに美しいんだい?」と畳みかけてくる。これが街のあちこちで繰り広げられる光景。

昨日も、Wakakoいますかー?とホテルのフロントに聞いただけで携帯番号が書かれた紙を渡され(仕事中ちゃうんかい)、クラブの紙ナプキンで作ってくれたバラの中にはメールアドレスが書いてあり、シーシャバーでまったりしていたらひっきりなしに誰かしら話しかけにやってきた。
店で買い物して値段交渉しようものなら、「きみにだけ特別に割引してあげる。ついでに僕のガールフレンドにならない?日本にボーイフレンドがいたって構わない。僕の目を見て。キミの人生を変えてみせる。」

あーハイハイ。イスタンブールでは日本人の女の子旅行者もちらほら見かけるが、みんなさらっと無視している。そうだよねー相手してたらきりがない。

ただ、みな英語が堪能なのにはびっくり。聞いてみたら、「トルコ語は難しいからね〜英語なんて簡単。」との返事。日本語も難しい言語だけど、ここまで英語は普及してないなぁ。ヨーロッパとアジアの架け橋であるこの国は訪問者も多いし、日常でよく英語を使うみたいね。そして主にナンパに使っているみたいね…。


でも紳士的なトルコ人もいる。ベリーダンスフェスティバルにいらしていた日本人のマヤ先生とWakakoと昨日夕食を食べながらダンス話をしていたら、近くに座っていた初老の男性が事情を聞いて、イスタンブール最大級の“GAR”というホールに「私はここのなじみだから」と言って予約を取ってくれたのだ。さらに今日、迎えの車まで出してくれた。


ステージ真ん前の一番良い席でトルコダンスを堪能。ベリーダンスはもちろん(マヤ先生がおっしゃるには商業用でレベルはそれほどではなかったらしいが)、トルコの地方ダンス、歌、さらに…腹踊り!爆笑。

一緒に楽しんだおじさまは、元ホテルの経営者だったらしい。確かにお金持ちで高級な雰囲気が漂っている。でも、あくまで私たちのダンス鑑賞のサポート役に徹し、送り迎えをしてくれたり居心地がいいように店員にさりげなくいろいろとオーダーしてくれたりしても、全く恩着せがましくしなかったところにWakakoと私はしびれてました。
テュシュケイディドゥン(ありがとう)、おじさま。

<今日のグルメ>
6品選べて8TurkishLira(トルコリラ)≒640円の店でランチ。野菜サラダ、甘辛く煮込んだ金時豆、ブドウの葉で包んで蒸した米、緑色のスピナッチをチーズ味で絡めたもの、マッシュポテトのトウガラシ風味、ナスとトマトの炒め物、といったトルコ風味。これにふっくらとしたトルコパンがつく。ドリンクは「アイラン」という飲むヨーグルト、混乱しないようにメニューにはYogurt&Waterと併記されている。デザートはライスプディング。ご飯の入ったプリン風味で表面をバーナーで焼いてある。

トルコのパンは病み付きになるけれど、野菜がこれまた素晴らしく美味しい。ただのサラダがとんでもなく高級な食べ物に感じる。昨晩マヤ先生と食べた晩ごはんも、ふんだんに使われた野菜はもちろんのこと、チーズを落としたトマトスープが忘れられないほどの味。Wakako曰く、トルコは日本と違って食料自給率ほぼ100パーセントで新鮮美味らしい。

【トルコ】 ベリーダンスで宿代稼ぎ

  • 2007年09月06日(木)
  • 20:36

まずはグランドバザールでお買い物。様々な店を冷やかした後、ムスリム(イスラム教徒)女性がやっている店で私はベリーダンス衣装を調達し、仲良くなったついでにスカーフの巻き方をきちんと教授してもらった。

これがまた簡単なように見えて難しいの。髪をおダンゴにまとめて水泳帽に入れ込んだら、上からスカーフをかぶり、顎の下で交差させてその部分をマチ針で止める。スカーフの両端は後頭部で結び、上から結び目を隠すように余った部分を被せる。このとき両方のこめかみ部分の布がナナメに襞(ひだ)を形作っていることが重要で、ここにもマチ針をつけて調整する。

ムスリムトルコ人の女の子たちがマチ針でスカーフを止めているのは気付いていて、頭に針なんて怖いな〜と思っていた。でもコツを掴めば簡単らしい。
さらに、家柄によって少しずつ巻き方が違うらしい。お嬢様巻き、とか。日本にもあるよー神戸嬢巻きとか名古屋嬢巻きとか!最近はどうやらシルク地の水玉模様スカーフが流行っているようで、街のあちこちで見かける。

帰りにキレベホテルに遊びに行く。何百というランプが下がり、トルコ模様の布で埋め尽くされたここのインテリアは絶大な人気を誇り、Wakakoが予約を取ろうとしたら半年後までいっぱいだったという。ご主人はよく来日し、日本通でも有名。突然訪問したのに歓迎してくれ、トルコ名物のチャイをご馳走になって日本話をしながらまったり。


トルコ人は、一日一体何杯飲んでるの?ってくらいにみんなチャイ、すなわち紅茶が大好き。取手のついていない小さなガラスのカップにアッツアツのチャイを淹れ、小さな受け皿に角砂糖を最低二つはつけて出す。みんなびっくりするくらい甘―くして飲む。いろんなところで飲まないか?と声が掛かり、アクセサリー屋ですら店で飲んでいきなよーってな感じである。

そしてトルコ人は男女問わずベリーダンス大好き。ベリーダンスの話をするとすこぶるウケがよく、携帯電話を取り出して音楽機能でアラビックミュージックをかけ始め、さぁ一緒に!と踊り始める。

そんな中、私たちが泊まるSultanahmetスルタナフメットにあるBahausバハウス・ゲストハウスのオーナーから、ベリーダンスのイベントをやってくれないかとの本格オファー。引き換えに宿代タダ、夕食もタダときた。よっしゃ乗った!

さーて準備準備。二人で選曲して衣装合わせ。といっても、アマチュアの私はほんの前座、ベテランWakakoがメイン。でも踊れるだけで嬉しいし光栄やー!


宿のみんなが集まって、まずは私が“Habibi Ya Elni”の曲で踊る。さっき買ったばかりで大慌てで直した衣装だけど、なかなかいい感じ。最初は緊張したけど、音に身を任せて踊るうちにだんだん楽しめるように。踊ってる途中、衣装にチップを挟んでもらっちゃった。


そしてWakako。1週間の集中レッスンを終えたばかりで以前よりさらに動きにキレが出たような!美しか〜!!お客さんを立たせて一緒に踊る余裕もさすがやなぁ。

宿代食事代にチップも合わせると結構な稼ぎになりました。

芸は身を助く!

終了後、屋上のバーでみんなで宴会。公認会計士をしている中国系カナダ人ジョシー、ハンガリーで建築の勉強をしているドイツ人へンドリッヒ、桜美林大学の一般教養課程で英語講師をしている日本語ペラペラのアメリカ人マイク、その他フランス人、ポルトガル人、そしてトルコ人たちと国籍豊かにわいわい。最後はメキシコ人の女性小説家アレクサンドラとテキーラ勝負、5杯で引き分け。

<今日のグルメ>
ベリー後、オーナーがケバブとライスを作ってご馳走してくれた。ライスが付こうとパンは必ず付いている…笑。トルコ赤ワインで一緒にほろ酔い。その後メキシコ人の女性小説家とテキーラ勝負、5杯で引き分け。

【トルコ】 おしり注射オーマイガッ

  • 2007年09月07日(金)
  • 20:54

朝、Wakakoが倒れた。

どうやらベリーダンスフェスティバルの疲れが溜まっていたらしい。昨日夜遅くまで屋上で飲んだときの寒さが拍車をかけて、熱と吐き気で起き上がれなくなってしまった。

…心配だよう。近くのレストランに行って事情を話し、冷やしたフルーツの盛り合わせとレモン、ライスプディングを注文して特別デリバリーしてもらう。

Wakaちゃん、お疲れ様。今日はゆっくりお休みにしよう。

しかし私にもトラブル発生。
実はギリシアに移動したあたりから腕にぷつぷつ湿疹が出始めていたのだけど、それがどんどん悪化して広がり、今日の夕方にはもう最高潮、とうとう両手足とお腹周りが半魚人のように膨れ上がった。じんましんかな〜そのうち消えるだろう〜くらいに思っていた私はひどく慌てた。もう痒くて痒くて仕方がない。

不思議なことにトルコ人は、「あ、そいつ友達だよ。あいつも友達だし。」てな具合でどこかしらみんな繋がっている。

そんな関係で宿のオーナーのところにはよく友達がふらっと訪ねてきてチャイを飲んで行くが、今日ちょうどトルコ人薬剤師がやってきた。ついでなので肌を見てもらったところ、

「食中毒の腫れ方に似ている。急いで病院に行きなさい。」
というので、急遽オーナーにタクシーを呼んでもらって病院へ。
旅行で初病院や〜!

具合の悪いWakakoが、心配だから一緒に行くと言い張ってくれたが、とても動ける体調ではない。Wakaちゃんありがとう。大丈夫だよ。ちょっくら行ってくるね〜。

…大丈夫じゃなかった。
時間外診療の当直医に「なんでこんなになるまで放っておいたんだ!」と英語で怒られ、4日もかけてゆっくり進行してるなら食中毒の症状ではない、原因不明との診断。とりあえず血液検査。

呼ばれてやってきたナースさんに「ハイ腕出して〜」的なことをトルコ語で言われて大人しく従っていたら、次に「ハイうつ伏せになって〜」的なことを言う。

あれ?今もう採血したよね?

と思っていたら、パンツを脱がされ、おしりからも採血。

ぎゃー!!不意打ちはあかんやろー!!

涙目の私はそのまま車椅子に乗せられ、入院用のデラックスな個室に移動させられてベッドに寝かせられた。

いやはや、こんなにオオゴトになるとは。医者とナースのあの慌て様にこの腫れ物に触るような丁重な扱い。いや、実際に症状は腫れ物なんだけどさ。
もしかして私重病人?
ちょっと不安になって分析結果を待つこと1時間。

結果、血液に異常なし。今日は帰ってよし。明日の皮膚科に予約を取ったから再度来るように。

ダブル和嘉子、揃ってダウン。

<今日のグルメ>
道端のどこでも売っているゴマ付きパン。子どもがお盆に載せて売ってきたりする。2個で1トルコリラ≒80円ほど。

夜、肌が痒くて眠れず、夜担当の宿スタッフがピスタチオをくれて、二人でぽりぽり食べて朝まで起きていた。
私がNight Owl(フクロウ、夜更かしする人)と名付けたこのトルコ人は毎晩受付に座っていて、オーナーが飲んだくれたときは昼も受付にいなければならないという過酷な使命を負っている。いつも表情を変えず淡々とブラックジョークを言う。
「ピスタチオ割るのって意外と面白いねぇ」と言ったら、「マイハニー、きみの頭も割ってあげようかー」。もうぐだぐだ。

【トルコ】 病院とババズーラとベリー人脈

  • 2007年09月08日(土)
  • 21:03

朝、トラム(路面電車)でボスポラス海峡に架かるガラタ橋を通って、町全体のモスクの多さに驚きながら新市街方面に行く。
タクシム広場からタクシーに乗り換えて再度病院へ。

迎えてくれた皮膚科の女性担当医は、優雅なマダム。問診と念入りな触診でおっしゃったのは、

「これは恐らくインセクト(虫)ね」

虫…!

恐らく蚊の一種で、刺されたのは右太ももの一番大きな患部。そこからゆっくりゆっくり毒が回って表部に出てきたのだろう、と。

虫かよーーー!!!


心当たりは…そういえば、オーストリアでモルダウ川サイクリングしたとき、暑かったから短いパンツ履いてて、一部草むらに入ったなぁ…。

あのときかーーーーーー!!

かゆみ止めを飲み、朝晩2種類の薬を混ぜて全身に塗りなさい、肌を必ず清潔にして日光に当てず安静に、一週間後にもう一度見せてね、とのこと。

ありがとうございましたー。

それにしても、ここの医者はみな聡明やなぁ。ナンパじゃないトルコ人に会えてよかったなぁ。


心配して待っていたWakakoに報告。安心した彼女曰く、

「ワカちゃん…治るかわからなくて落ち込むっていうより、すごいめんどくさいって思ってるでしょう?」

あ、さすがWakaちゃん、わかった?

「うん。移動するのとか保険とかめんどくさいんでしょう?」

ピンポーン。すっごくめんどくさい…。
でも女だから肌は死守しないとねー。MUSTでケアしますー。


私は原因判明して元気回復したし、Wakakoも休んで体調回復したしで、予定消化にお出かけ。
ベリーダンスフェスティバルの主催者タイアーに連れられて衣装屋へ。

ベリーダンス衣装の最高峰はベラ、その次に有名なGulseren Camciがグランドバザールの中にある。様々な意匠を凝らした衣装の山!

高いものでは十万円以上もする中から、Wakakoは赤の衣装を選んで買うことに。フラメンコ風のデザインを取り入れたそれはめっちゃ似合ってる!やっぱりそこらへんに売っているのと全然違うね。
私もいつかこんな衣装が買えたらいいなぁとうっとり。

ここの女性デザイナーは凄腕として有名、創意工夫もすごく気が利いている。どんな風にインスピレーションを得るのですか、と聞いたら、全て私の頭の中でどんどんイメージが広がっていくのよ、と言ってウインクした。以前日本のテレビ番組で取り上げられたことがあり、そのとき知り合いになった日本人女性を紹介してくれて、今夜彼女とも早速お会いすることに。

ベリーダンスをきっかけに話が面白い方向へ進んで行く。


その前に、トルコのスーパースター・ババズーラに会いにGo!この用事もベリーダンスつながり。彼らのバックダンサーとして少し前まで日本人ベリーダンサーがいて、彼女からのお届け物をWakakoが預かって来ていたのだ。

Levent Ahmanとその奥さんにお会いしてお茶を頂く。ライブの来日予定などを拝聴。サインもらっちゃったー!

こんなスーパースターがこんなところに!?とびっくりするくらいイスタンブールに溶け込んでいた彼らと街角でまったり。

さて、夜。
Gulserenの紹介でお会いしたのは、作家の加瀬由美子さん。子育てを終えてからトルコに移り住んで12年、今やテレビでも雑誌でもトルコを取材したかったらまずはこの人に相談しろ、という人脈の持ち主でもある。


そのトルコ話がむっちゃくちゃ面白い。

トルコが好きで好きで、勉強を始めるのは何歳になってからでも遅くはない、とトルコ語を習うところから始め、トルコ人と交流するうち、いつの間にか自宅がレストランになっていた。が、隣家の出した火事で全焼。

その後も騙されたりさんざんな目にあったりしながらも様々なトルコ人に助けられ、苦労しながら日本とトルコの架け橋的な役割を果たして今に至る。

このときの戦いの話が『犬と三日月 イスタンブールの7年』(新宿書房)にまとめられて出版されている。


苦労していたときは、自分は砥石になったんだと思っていた。いつか良いことがやってくると信じていた。生活のためを思ったら稼がないといけないけれど、自分のことだけ考えて得たお金は身に付かない。自分が動くことで、日本の関係者はもちろん、トルコのホテルやレストランや一生懸命働いている人が報われるでしょう、という言葉が印象的。

今最大のテーマは、コンヤ県の県庁に頼まれた仕事で、メブラーナという詩人が残した作品のうち、メスネヴィーという二行連句の日本語訳を完成させることだという。アフガニスタンに生まれたメブラーナは、子どものとき父親に連れられてトルコに来てスーフィー(イスラム教神秘主義)の英雄となった聖人である。

彼の残した言葉がまた良い。

「君はありのままの自分を見せなさい。
あるいは
見せた通りの人間になりなさい。」

膨大な量(なんと26000句!)だから余生を全部捧げることになるだろうけどね、と加瀬さんは笑うが、ぜひとも完成させてくださるのを願っています。


<今日のグルメ>
めちゃくちゃ大きいパンを発見!人の胴体くらいあり、中は空洞で、ヨーグルトを浸けて食べるのとどんどんいける。
オーダーした棒状のサンドイッチと食べたのはレンティル(レンズ豆)のスープ。レモンを落として頂く…ヘルシーな味!

【トルコ】 イケメンチェーック!

  • 2007年09月09日(日)
  • 21:21

「ワカい子は得ダ、のトクダワカコですーよろしくー」

というのは、覚えてもらいやすいように私がよく使う自己紹介。もちろん、

「あと5年ほどしたら、ワカい頃(コろ)は得ダった、にしますー」と付け加えるのも忘れない。

そうしたら、

「棚か(タナカ)らボタもち、ひでえなぁ(ヒデオ)」

と乗ってくださったナイスな方がいらした。
日本トルコ協会監事の田中英雄さんである。

第一法規の社長でもある田中さんには、六法や法学問題集を頂いたりと大変お世話になっている。
と言っても、出会いは、カントリーミュージックのライブバーに紹介されて行ったとき、飛び入り参加で演奏してらしたのが田中さんだった、という不思議なご縁。実に多才なお方である。


トルコ入りしたとき田中さんにメールをしたら、オススメスポットの返信をくださった。

グランド・バザール、エジプシャン・バザール等について、「現在の市民の息吹が感ぜられ、雑然の中に秩序があり、しぶといエネルギーにあふれたところが個人的に好みです。」という表現。さすがやなぁ。

そして!
その中の注目すべき1文が、

「そうそう、軍事博物館の交代式の演奏も有名ですが、ドルマバフチェ宮殿のイケメン衛兵交代式もなかなかグーですヨ。」

…これは見に行くしかありませんね!!

というわけで、Wakakoとドルマバフチェ宮殿へ。


おっいるいる。

イケメン、か!?

うーん、正直、目深に被った帽子でわからず…。残念!!

でも、鼻が高いところを見ると、なかなか整った顔立ちのよう。

この海に面した宮殿は、内部がまたすごかった。巨大なシャンデリアがごろごろあるかと思えば、山水画風の貝細工の装飾がある、といった調子。

さすが、栄華を極めたオスマン帝国。
旧市街にあるトプカプ宮殿が「不便だから」という理由で新たに建てたというこの宮殿、ヨーロッパとアジアの文化を融合させた贅沢の極み。

それから今日は、毎日眺めていたくせに入ったことのなかったイスタンブール王道中の王道、ブルー・モスクにもGO。

この街にはイスラム教のモスクが山とあり、お祈りの時間になるとスピーカーからアザーン(祈りの声)が流れること1日5回。

トップの大きさを誇るブルー・モスクは、普通はミナレット(尖塔)が4本なのに比べ、なぜか6本もある。Wakako曰く、黄金のモスクを造れと命令された建築家が、本当に間違えたのか予算節約の故意か、トルコ語で「黄金」という単語によく似た「6」本という命令としてで設計したらしい。結局、6はトルコで縁起のいい数字だったので事なきを得たようだけど。ほんまやったらすごい“とんち”やな。

内部がまたすごい。スカーフ着用で入ったそこは、タイルに描かれた繊細なブルーの装飾が全面に広がり、なるほど内部が青く見える。

…Wakakoと旅していて面白いのは、感じ方が全く違うところだ。

右脳系のWakakoは、その日の気分で予定を決める。今日は私の提案で結構忙しく回ったが、ドルマバフチェ宮殿、ブルー・モスク、さらにその横にあるスルタンたちの墓、と3つも観光名所に行った事実に感動していた。やろうと思えば詰め込めるもんだねぇと言う。

一方、左脳系の私ワカコは、ハイペースの旅行をするため1日1国も辞さないくらいで、歩きながら次の予定を考えるのが癖になっている。
でもこれまでWakakoと一緒にいて、なんとなーくで行き先を決めるのもなかなかいいもんだなぁと思い始めた。

衝撃の受け止め方も私たちは異なる。

例えばブルーモスクなどの究極に美しいものを観たとき。Wakakoは、胸がハッとして一瞬息が出来なくなるが、次の瞬間にはもう普通の自分に戻っている、という。でもそれは感動が去ったのではなく、自分の一部として取り込みが完了し、そこにいるのが心地いいなという状態に変化した、ということらしい。

一方、私ワカコは、胸がハッとすると、同時にそれを表現する言葉が頭の中に溢れてくる。今ブログを書くことがこれに拍車をかけていて、旅で感動したことは同時並行でここに書くのと同じ文章となって止め処なく脳の中を流れていくのである。
何かを見るときも感じるときも、右脳から左脳にダイレクトでパスが来て、意識しなくても文体が構成される。ちなみに文字にするときは、それを捕まえておいて文字化する、という感じ。

こんなにも違う私たち。その分、異なる悩みが発生する。

Wakakoは、なぜ自分がそう感じたのかという分析をもっとできるようになれば次に生かせるのに、と言う。
ワカコは、もっと感性に浸ることができるようになれば、アドレナリンが分泌され過ぎてたまにどうしようもなくショートしてしまうことが無くなるのに、と思っている。

Wakakoのことを私が尊敬するのは、自分の課題を克服するため努力をしているところ。彼女はずっと前から毎日欠かさず日記をつけている。どんなに何もなかった日でも、書かないことがない日はない、と言う。
一方の私はというと。何をしていても常に何かしら分析してしまう私は、特に大学時代かな、いろんなことに手を出して自分を解放する場所を探してきた。


お互い、自分の欠点は痛いほどわかっている。そして、自分の持っていない部分を持つ相手に憧れている。ワカコはWakakoの感性をこの上なく魅力的に思うし、Wakakoはワカコの分析の仕方を知りたいと言う。Wakakoと会ったこの数日、今まで以上にお互いへの質問が止まらない。

二人で過ごすトルコもいよいよ後半、今夜は夜行バスでカッパドキアへと移動。


<今日のグルメ>
ベリーダンスのため私より先にトルコ入りしていたWakakoが、ここのライスプディングが一番おいしい!とオススメした店で。なるほど、外はかりっかり、中はとろっとしていて卵濃厚、今まで食べたのとひと味もふた味も違いまんな!!お気に入りのアップルティーと共に味わいました。

【トルコ】 スターウォーズ・ワールド

  • 2007年09月10日(月)
  • 21:36

「フゥ〜〜ジコちゃーん!!準備はいいかい?」
「オッケーよ、ルパァン」

峰不二子、もといWakakoのノリのいい返事に気を良くして、ルパン3世、レンタルバイクのキーを回す。

早朝夜行バスで到着した、トルコ中部のCappadociaカッパドキア。
Nevsehirネブシェヒル地方の中心部Goremeギョレメに降り立った我ら。

車がほとんどいない坂道を、るんるん気分でアクセル全開、登って行くと…。

…ここは本当に地球か?
なんだか別の惑星に来ちゃったみたい。

白い砂岩がまったりとうねるように広がり、ところどころに突起した部分には、人が住む家として使われているのであろう洞窟や、肥料にするためハトの糞を集める穴が影を落としている。
それが、見渡す限りどこまでもどこまでも続いて行く。

ここがスターウォーズ映画のロケ地として使われたのも頷ける。この浮世離れした雰囲気は、まさに異世界と呼ぶにふさわしい。

Uchisarウチヒサルまで行って城に登ってみる。城と言っても白砂岩の山をところどころ加工して作られた、まるで巨大な…そう、巨大なメレンゲのよう。
どこまでもどこまでも、まったりとした色合いのホイップの岩が柔らかく続いて行く。全く攻撃性を感じない。気持ちの良くなったWakakoは深呼吸して体操を始め、私は瞑想に入った。

なんて優しい地なんだろう。
全身から力が抜ける。
自分自身がここの空気にどんどん溶け込んでいく。

Wakakoと顔を見合わせ、思わず二人でふふふっと笑った。

さーて、本日もベリーダンスで稼ぎまっせー!

私たちが泊まったのはトラベラーズ・ケーブ・ペンション。なんと部屋は砂岩の洞窟の中にある!そこでお手伝いをしている日本人、かよ姉さんの依頼で、今夜もベリーダンスナイト。

本日のプログラム、ワカコは清純イメージで、Wakakoは情熱イメージでいきまっせ〜。

まずは私。初めてスカートでなくパンツにトライ。
と言っても、実はめっちゃ大変やった。モスキート病(勝手に名づけた)のせいで手足の皮膚が荒れていたため、足はパンツでうまく誤魔化し、終始ベールで踊ることに。でも、隠しながらも何とかこなせましたぜ。ふぅ。
踊り終わった気分は最高。楽しくって仕方ない!

Wakakoは一昨日買ったおニューの真っ赤な衣装で。うーんよく似合ってる!!今日は気分上がってるねーWakaちゃん!今まで観た中で一番ノリノリで踊っていたように思うよー!!

かよ姉さんを頼ってやってくる日本人も多いこの宿。少しは日本人にベリーダンスを知ってもらうきっかけになったかな。


<今日のグルメ>
ベリーダンスのお代として、かよ姉さんがカッパドキアワインを出してくれた。この地の白い岩肌の隙間には、びっしりとブドウの木が生えている。それで作られたワイン、あっさりしているのに豊穣な味わい。
カメラを向けたら恥ずかしがって顔を隠しちゃったかよ姉さん。ごちそうさまです!

ランチは、ギョレメのオトガル(バスステーション)裏にあるツボケバブの店。素焼きの壷を金づちで割ると、中からアッツアツのケバブがドローッと出てくる!トルコの新鮮なトマトと羊肉を壷ごと火に入れて煮込んだ美味しさ、たまりませーん!


【トルコ】 隠され続けた地下都市

  • 2007年09月11日(火)
  • 00:00

カッパドキアは移動が困難なところも多いので、今日はツアーに参加することに。
陽気なトルコ人女性ガイドに連れられて、約200キロの行程を1日で回る。


まず、Kaymakliカイマクルの地下都市。
キリスト教徒たちが身を隠すために掘って住んだこの穴は、なんと地下8階建て、湿った空気と暗闇の中から、気が遠くなるほど長い空気穴が地上へと続く。地上から見ると何の変哲もないただの平原なのに、地底はすごい。 
内部は一見どこも同じように掘られた穴蔵のようだが、よく見るとお祈りの部屋は十字になっているし、キッチン、貯蔵庫などもどことなく暗い面影を残しているような気がしなくもない。墓があったのには驚いた。
この穴蔵の中で生まれ、死んで埋葬されていった、ここで人生が完結していた地底人たち。どれだけ激しい戦闘があったのだろう。

 
Derinkuyuデリンクユの地下都市も同じように回った後、ビザンツ帝国の修行僧が己を鍛えたという地、Ihlara Valleyウフララ谷でランチ。谷底の川の真上にトルコ式の座席が設置されている。
 
そして最後にSelimeセリメの城。スターウォーズ映画にそのまま使われたこの城は、昨日のウチヒサル城より茶色が濃い分、重量感がある。


それにしても、カッパドキアの地名はどこもかしこも何てへんちくりんで愛らしいんだろう。

ギョレメに帰還。ここはネブシェヒルでも大きな町のひとつだが、大きさはたかが知れている。人の数はまばらで、車はほとんど通らない。時々、洗濯物が一瞬で乾くカラっとした空気を切り裂いて、モスクからアザーン(お祈り)の声が響く。

ゆったりとした雰囲気と相まって、おっとりした人たちが多い気がする。
 
昨日探検したときは、アトリエで絵を書いていた芸術家に会ったり、CDショップで音楽をかけてもらって一緒にベリーダンスを踊ったり、トルコ弦楽器の弾き方を教えてもらったり。



オトガル(バス停)近くではトルコ人と結婚し、ちょうど臨月を迎えている日本人女性がお菓子屋を経営している。トルコ人と結婚する日本人女性は割と多いと聞く。
 
ブドウを摘み終わって団欒している親子。子どもたちはいつも「マルハヴァ!」(こんにちは!)と陽気に声を掛けてくれる。笑顔が眩しい。

彼らと触れ合いながら、Wakakoと最後の時間を過ごす。


<今日のグルメ>


ギョレメのアイスクリーム屋。ギンギンに冷やした鉄の筒の中で練ると、びろーーんと伸びる不思議なトルコ風アイスの出来上がり!
この店員は、おっとりしたギョレメの空気を台無しにする典型的うるさいトルコ人。
自分はモテると豪語する学生22歳アルバイトの彼は、前を通ると自分に注目を向けさせようと何かしらちょっかいを出してくる。しかも負けず嫌い。
「俺と付き合ったら幸せだぜ?」としつこいので、
「日本に彼氏いる(ウソ)から止めとくわ」と言ったみたら、
「は!俺なんて妻がいるんだぜ!」
何の張り合いやねん…しかもほんとはアンタ独身やろアンタ。

【トルコ】 名づけの意味

  • 2007年09月12日(水)
  • 00:00

Wakakoとワカコの旅も今日でおしまい。


早朝の見送りで、寂しさ全開の顔をしていた私に、「全然心配していないから。」とWakakoは言い切った。
 
「大丈夫だって確信してるから。だから心配しない。帰って来るの待ってる。」

との彼女らしい言葉を残して、Wakakoは日本へと帰って行った。

それでもやっぱり寂しくなった私はふて寝で二度寝して、カッパドキアの白い岩が、とっぷりとしたクリームになって私を包み込みに来る夢を見た。
目が覚めたら優しい気分だった。
 
とことんまで話して、一方で全く話さずただ傍にいて、一緒にトルコを回った我ら。 言葉を使わなければ表現できないところは口に出して、そうじゃないところはなんとなーくの雰囲気を察して、お互いの深いところを理解するような距離だったんじゃないかと思う。かっこつけて言えば。

笑っちゃうような話だけど、今回揃いも揃って、こんな人がいるもんだなぁ、とお互い改めて思ったのだ。自分に無い部分、しかも真逆のものを超ド級で持っている相手。まるでお互いのコンサルタントになっているみたいな時間だった。

私にとって、彼女は、最も「自分を持っている」女だ。 自分自身の微妙な感覚に非常に敏感で、その感性を信じている。周りで何があっても自分という芯が揺るがない。ただ、周り<自分、と見られてしまうことがある。
一方の私は、自分の感情に鈍感だ。Wakakoに言わせると、私は周りの人の感覚には非常に敏感で早々動くらしいが、自分のことになるとめっぽう弱いらしい。

簡単な例を出せば、じんましん。
Wakakoは、始めからイヤだなイヤだな〜と自覚していて、じんましんが出たのを見て「やっぱり出たなぁ」と思うらしい。
私は、じんましんが出るまで自分がストレスに曝されていることに自覚がない。身体からのSOSを見て初めて、「あ、この状況ストレスだったんだ」と気付く。

イメージするのは難しいけれど、Wakakoは周りを引き込む力が強くて、私は自分から発散する力が強い。共鳴させる力と、共鳴する力、みたいな…。うーん何だかわかりにくいなー。
ま、それぞれ片方が異様に強くて悩んでるんだな。 お互いの恋愛の仕方は知っているし生い立ちやら何やらもそれぞれ話したので、どんな環境がこの違いを生んできたかはわかっているけど…過去は変えられないし、じゃあこれからどうしようか。

「和嘉子」という名前には、周り(嘉)を和する(平和をもたらす)子、という意味がある。 Wakakoはどんな方法でこれを表現していくのか。一方ワカコはどんなやり方に行き着くのか。 きっと全く違った方向を向くんだろうなー。でも、それぞれ個性に合ったやり方を見つけたいね。

ありがとうWakako。一緒にいてむっちゃ面白かったわ!また東京でデートしようね!


<今日のグルメ>


白い岩の間を縫って至る所にある白ブドウ畑。地元の人たちは早朝から家族総出で摘んでいて、通りがかると気前良くプレゼントしてくれる。

【トルコ】 クリーム惑星の朝焼け

  • 2007年09月13日(木)
  • 00:00

朝3時半、遠くから変な音がした。

テケテケテケテケッスッドンドン! テケテケテケテケッスッドンドン!

なんじゃーこりゃー。うるさーい!
てか、ねむー…。

また起きたら今度は朝6時。
薄暗い中、宿の裏手の丘に登ってみる。

朝焼けが始まった空にぽっかりぽっかり浮かぶ、気球、気球、気球!

気球


カヨ姉さんが作ったこのカッパドキアポストカードの写真を見せてもらったとき、わーお信じられなーいと思ったけど、真っ赤な空と白いふんわりした地面の間を、シュゴーッシュゴーッという異星人みたいな音を響かせながら漂う気球は、なんだかすっごくマッチしている。

ほんまにここはクリーム岩の太陽系外惑星やわ。
ぽっかりぽっかりぽっかりぽっかり…わー気球30個もあるやん!


朝食を食べに宿に戻ったら、なんとなくカヨ姉さんが疲れた顔をしている。

「カヨさん元気ない?何かあったの?」

「ううんー飲んだり食べたりしてないだけ」

「えっそれなのにみんなの朝ご飯の準備してるんですか!?何か食べる時間とった方が…」

「ダメなの、ラマダンが始まったの」

ラマダン!?
あの断食の!?
今年はこの時期だっけ!?

「今年は今日がスタートだよ。夜明け前に変な太鼓の音聞かなかった?あれが夜最後に食べていい合図で、あれ以降は日の入りまで食べ物も水も何も口に出来ないのよ。」

しまったー私もやるんだった!イスラム教徒じゃないけど!
しっかり朝ご飯食べちゃったー!!

カヨ姉さんめっちゃ辛そうやな…。
どうやらトルコのイスラム教は比較的自由らしく、断食をやるもやらないも本人の自由らしい。やっている人は今日むちゃくちゃしんどい思いをしているわけだ…。
イスラム教徒じゃないけど挑戦してるカヨ姉さん、天晴れ!

お腹を空かせて働くトルコ人たち&カヨ姉さんを見ていたら、朝ご飯で糖分補給した私も働かねば、と俄然やる気になってきた。パソコンを広げ、社労士原稿の残りを片付ける。


<今日のグルメ>
ラマダンということで、周りに倣って今日はなし!

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旅人

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1983年生まれ。東大法学部卒。
社会人としてスタートを切る前に、夢だった世界一周へ。

尊敬:緒方貞子さん
趣味:バスケットボール、ベリーダンス、サーフィン、バイク

著書

メディア出演履歴

【雑誌】
『Zai』(ダイヤモンド社)「ミニ株バトルコーナー」連載(06年7月号〜07年7月号)
『社労士V』連載(日本法令)(07年10月号〜)
『メモ ノート200%活用ブック』(日本能率協会)
『クロワッサン』(対談 高田万由子さん)
『週刊現代』『女性セブン』
『CIRCUS』『日経キャリアマガジン』
『月刊人事マネジメント』
『週刊ダイヤモンド 別冊特集』
【テレビ】
テレビ東京『ガイアの夜明け』
日本テレビ『きょうの出来事』
テレビ東京『豪腕!コーチング』
【ラジオ】
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