【イラン】 セクハラ大国でイスラム教改宗修行

  • 2007年09月18日(火)
  • 00:00

トルコとイランの国境地点Gurbulakギュルブラック。
意気揚々と掲げられた強気な顔のホメイニ師と温和な顔のハメネイ師の巨大写真の下にて、ユニフォーム着用。

腰まで隠すゆったりした長袖にダボダボのズボン、頭にはスカーフ。とんねるずのモジモジくんみたい。これがイラン国策における女子の制服である。
私が着るとまるで千と千尋の神隠しのカオナシ…。


長距離バスを乗り継いで首都Tehranテヘランに到着すると、砂埃にオイルの臭いが混じり車のクラクションで騒々しい街は男・男・男ばっかり。

目視での男女比約20:1。

たまに見かける女性は黒尽くめのマガナ(スカーフ)とチャドル(長袖ワンピース)で身体の線を出さないようにすっぽり隠している。

…と、思いきや、よくよく見るとスカーフを濃いピンクの花柄で遊んだり、黒いワンピースは腰までの短め丈にしてブーツカットジーンズを合わせたり、ハイヒールや厚底靴を履いて闊歩する粋なおねえちゃんたちもちらほらいる。

メイクも工夫していて、どうやら今の流行は黒ラインの濃い囲み目、元来彫の深い顔立ちがますますぱっちり際立つ。
鼻をガーゼで留めている子が多いのは…なるほど、鼻を整形してるのね。確かに、スカーフを着けていたら鼻の形は気になる。乙女心やねぇ。

果敢に着崩しに挑戦しメイクを工夫する様はまるで校則ぎりぎりのラインでおしゃれしようとする女子高生。

しかし、それを厳しく取り締まる風紀委員もちゃんといる。

あちらこちらに立つ警官は派手な服装をした女子を見つけると、ピーーーーーーーッと笛を吹いて大慌てで飛んでいく。こら、もっと地味な格好をしないと罰金だぞ!


なぜこんなにも取り締まるのか。

イスラム教の解釈により夫以外には全身を布で覆った格好でしか会えないイランでは、神聖な女性の髪は見るだけで興奮する対象、耳まで見えた日には最大級のエロティシズムなのである。
女性の服装が乱れた日には興奮した男性の暴動すら起こりかねない。

コーランには、女性はスカーフを巻くように、とは全く書かれていないという。
ただし、預言者ムハンマドの行動を記録した聖典にはスカーフのことが載っていて、彼の行動を規範とするイスラム教徒たちはそれを真似しているのだという。
しかしそれは、当時貴族の女性の間で流行していたスカーフをムハンマドの4人の奥方のうちの一人が“趣味”としてやっていただけで、現代になってそれを国の統治に利用し始めたという意見が有力らしい。


ただ、宿で一緒になったツルっ禿げポルトガル人旅人によると、6年前(2001年)に比べて女性の服装の自由度は増したという。

理由の一つは、対米強硬政策のイランで前大統領(モハンマド・ハターミー)が経済活性化のため女性の雇用創出を図る際に服装ルールを緩和したこと。もう一つは、いくら対米と言えどインターネットによる欧米文化流入は喰い止められず、オシャレな外国女性たちの姿に刺激されたこと。


インターネットの普及は女性のみならず男性にも影響を与えている。

これまで雑誌の表紙は赤ん坊か少女の写真と決められていて、中身のページにすら女性の写真は不掲載だったのだが、インターネットでバンバン画像や映像が見られるようになると、男性はこぞってアダルト映像を見るようになった。
恐らく男性は以前より現実の女性の性の解放に精神的には平気になっている。


しかし、間違った副作用はある。

インターネットで見られるポルノ映像の対象はほとんどが欧米、もしくはアジアの女性である。
すると、イラン男性の中には、

「イラン人女性は神聖の対象だが、外国人の女性には大っぴらに手を出しても良い。むしろ喜ぶ!」

という誤った認識が蔓延するようになったらしい。

…その割りを喰うのが旅人女子たる私である。

バーザルガーンからマクーに行くタクシー運転手には「助手席に座れ」「キス!キス!」と騒がれてう
んざりし、
テヘラン行き長距離バスの係員には後ろから抱きつかれて右手と口を押さえつけられたので、空いている左腕で鳩尾に肘鉄をお見舞いして逃走、
歩いている時も容赦なく伸ばされてくる手に「Don’t touch me!」と跳ね除けながら歩く。

自分の身を自分で守れなければ女一人旅に出る資格はない。それにしても本当に腹立つセクハラ大国だわ!


***


さて、宿の受付係で、小堺一機とMr.ビーンを足して2で割ったような雰囲気のハミドに、トルコ以来断食をしていると言ったら感激され、「一緒にラマダンを頑張ろう!」と大張り切り状態に。
どうやら私を神聖なるイスラム教徒に育て上げるつもりらしい。

夜中3時半に起床して朝食。これ以降、陽が昇っている間は食事はおろか水も口にできない。熱いチャイをたっぷり飲んで備える。

食後4時、外のモスクのスピーカーからアーーーーという独特のアザーンの合図が流れると礼拝開始。
まず身体を清める。歯を磨いてから、洗面台で右手を使って顔、口(うがい)、額、右腕の肘から下を外側・内側の順に2〜3回、同様に左腕、右足の甲、左足の甲を洗う。このとき足は曲げてはならない。また、女性は、腕は内側から洗う。
イランはシーア派のためスンニ派とはやり方が違うし、地域性もあるらしい。

次にお祈りルームへ。メッカの方向にマットを敷き、モーホロウと呼ばれる額をつける小さな石を上部に置く。
偶像崇拝が禁じられているイスラム教ゆえに、マットに描かれた台座の上はぽっかりと空いていて人物は皆無。

 .泪奪箸両紊卜ち、マットを見つめて“アッラー・ハエキバル”(アッラーよ、神は偉大なり)に始まる言葉を述べる。以下、ずっと祈りの言葉は述べ続けて動作する。
◆ーの両脇に両手の親指をつけ、神の声を聞く体勢。
 ,北瓩襦
ぁ々を折って膝に手をつき、“ソファーナ・ソファーナ”と繰り返す。
ァ/搬里鮨ばして天を見上げる。
Α”┐鬚弔、四つんばいになって石に頭をつける。このとき、足はつま先だけ床につけるようにする。
А\戯造垢襦“アッラー・ホワイエ アッラー・ホワイエ”と繰り返す。
─´Δ鉢Г魴り返す。

これが1セット。第2セット目もこれとほとんど同じだが、△少し異なり、両手を量耳の脇につけて、アッラーの声を聞く体勢をとる。すべて済んだら、正座の姿勢で右手人差し指を立てて「唯一」を表しながら、右・左・右を見て“アッサラーム・アライクム”(平和がありますように)と唱え、天を仰いでから、腰をかがめて石に額と口を5回ほどつけて終了。

全ての動作に意味があるのが面白い。全身運動で、スクワットをスローモーションでやっているみたい。言葉は断片的にしか覚えられないが、ハミドの見よう見まねで何とかこなしていく。


1日に祈りの時間は5回あり、夜明け朝食後のファジュルはこの動作を2セット、昼過ぎのゾールは4セット、午後のアズルも4セット、日没夕食後のマグレブは3セット、そして夜のエシャーは4セットを行う。

また、ムスリムはいつ何時でも身体を常に清潔にしておかねばならない。シャワー・清潔な服を身に着けるのはもちろんのこと、トイレでトイレットペーパーを使ってはならない。紙を使うと“清め”られているとは言えないらしい。便器脇に備え付けてあるホースの水で、“ご不浄の手”左手で洗うという。

…これ、最初はものすごく抵抗がある。私がTOTOの社員なら、何としてでも乾燥風つきウォシュレットをこの地に導入する。


***


何も口にできない昼間がキツい。外に出ると、乾いた空気の中容赦なく照りつける炎天下、水を飲めない辛さで体力を消耗し頭がくらくらしてくる。
かと言って部屋の中でじっとしていると、空腹で頭が一杯になる。

トルコ以降、移動が多かったのでそこまで断食を意識しなかったが、こうして日常生活を始めると食事をしないことに意識が集中してしまう。
なるべく日陰を歩いたりしゃべったり歌ったりして気を紛らわすも、だんだん周りのものがボヤけて見えてくる。汗をかくともったいないと思う。トイレに行くと汚い水でもまじまじと見てしまう。

だんだんと陽が落ちてくると、テーブルの前に集合。ハミド達宿のスタッフが用意してくれるご飯を目の前に置いてじっと待つ。唾すらほとんど出てこなかった口の中に涎が満ちていくのを感じる。

アーーーーーーーと日没の合図がモスクのスピーカーから聞こえたら我先に食事開始!超解放感!!あー生きてて良かった!神様ありがとう!人間って単純。



イランのイスラム教シーア派はムハンマドの後継者をアリーとする一派だが、9月20日はアリーの殉教記念日らしい。1日過ぎていたが、イスラム教徒ならエマーム・ホメイニの霊廟に行くべきだと薦められ行ってみることにした。

最近できたばかりの地下鉄はテヘランのごみごみした雰囲気とは打って変わり、洗練されてモダンな雰囲気。駅の数はまだ少なく開発途上らしい。
女性専用車にしか乗れない。連れの男性と共にいるわずかな女性が普通車両に乗る。列車の前後2両のみが女性用で、それ以外は男性用。外出する男女の人数比が如実に表れている。


霊廟は彼を讃えるだけあって金を基調とした壮大な造りで、その巨大さゆえ、未だに完成せず工事中なのにびっくり。入口から男女別になっていて、出てくるまで男性と顔を合わせることはない。

中に入ってびっくり。黒尽くめのイラン人女性たちが泣いている…。

ホメイニ師の亡骸を入れた棺の周りは格子状の鉄で囲われているが、みなそれにすがり付いて号泣したり、猛烈にキスしたりしている。ひれ伏してお祈りの言葉を呟いている人もいれば、恍惚とした状態で手を差し伸べている人もいる。

偶像崇拝をしないイスラム教がこれほどまでに個人に入れ込む違和感。エマーム・ホメイニは1978年にイラン革命を起こした英雄である。女性スカーフ着用を義務付けた張本人だが、最高指導者としての彼の政策は、反国王デモで混乱状態だった国内を統一させ、『民衆から待望された隠れエマーム』として絶大な人気を誇った。1989年に彼が亡くなったときは何百人もの民衆が参列。現在でもなお彼を慕う風潮は続き、霊廟に行くのはイラン人のステイタスになりつつあるし、街のあちこちに彼の名前を冠した通りや広場がある。

彼が現れる前のイランはそれほどひどい状態だったということか。それとも彼のカリスマ性は今でも政治的に利用されているのかも。


***


小堺ビーン、即ち宿のハミドは、全く好みではない小太りの男性なのだが、とにかく私を丁重に扱い、部屋まで別の個室を用意してくれた。しかし、どうもこっそり私の部屋に入っていたようで、
「ムスリムの女性は人が見えるところに下着を干してはダメだ!」
とすごい剣幕で怒られた。すでにイランにいい男はいないと悟りまくっていたところだったが、これには閉口した。見たのはアナタだけですよう。どこに干せっちゅうねん。

ハミドは彼なりに私を溺愛し、私が何とか断食をし、礼拝をこなしているのを相当誇らしく思ったようで、宿経営者ムスタファを紹介すると言ってわざわざ連れてきた。

ゴルゴ13に似たムスタファは、

「ラマダン中に最も大事なことは何だか知っているか?」

と尋ねてきた。

「断食でしょ」

「いや、日中はセックスをしないということだ。キスもダメだぞ」

硬派な顔してスケベ親父め。そもそも昼間はあまりセックスはしないでしょ、とツッコミを入れたら、豪快に笑い、イランの風俗遊びの話をしてきた。ふーん、裏では女遊びは存在するのね。見つかったら死刑だって。

「ワカ、なぜイスラム教徒でもないのに断食してるんだ?」

「イスラム教徒が何を考えているのか興味があったから。日本ではイスラム教徒にあまりいいイメージがないから知りたい」

スケベ親父は感激したようで、「じゃあ、イスラム教徒になったらいい」と紙をくれた。

なになに、「氏名」「出身国」「職業」「最終学歴」「前宗教」「ムスリム名」…え、もしかして改宗申請書!?

ムスタファは10センチほどもあるイスラム教徒年鑑を取り出すとページをめくった。ずらっと並ぶ顔写真、日本人のコーナーもある。「秘書」「大学文学部卒」「女性」「前 無宗教」「バハーラ」というアラビア文字と英語の併記と共に、スカーフを被った女性の写真。
宗教は書類で変更でき、記録されるのだった。

ムスタファに近所のモスクに連れて行かれ、モスク管理者であるウラマーに会う。もっさりとした白い髭に眼鏡をかけたウラマーが、イスラム教の基本は?と聞くので、

「ラ・イラハ・イッラッラー(唯一神アッラー)、ムハンマドン・ラスゥードッラー(ムハンマドは預言者である)」

と唱えるシャハーダ(信仰告白)をすると満足そうな顔をして、手続きの具体的な説明を始めた。ウラマーに書類を提出した後、儀式を行うらしい。
「普段の礼拝の仕方がきちんとできていれば難しくない」と言う。「決心がついたら申し込みに来なさい」と言う。

ムスタファは「恵みが訪れる意味があるから縁起がいい」と、バラーン(雨)というイスラム教徒名をくれた。このとき気づいたが、他宗教者をイスラム教に改宗させるのは教徒にとってすごく名誉なことらしい。「自分が誇るイスラム教をいいと思ってくれる仲間ができるのが嬉しいんだよ」

宿に帰ると、日本へ出稼ぎに行くのが夢だと言っていた従業員のナデルが待ち構えていた。図鑑のように重厚なコーランを取り出し、親愛なる日本人の私にくれるという。「君がイスラム教徒になってくれたらこれほど嬉しいことはない」。

うーん、困った。改宗申請書を見つめて考え込む。
イスラム教徒は、日本の報道で私がイメージしていたように危険な宗教という雰囲気は全くなく、むしろ興味を持っているというだけでイスラム教徒たちは暖かく迎えてくれる。市井の教徒たちはみな善人だし、仲間になるのは悪くない。しかし、祖母が私の旅の無事と素敵な男性に巡り会うことを願って毎日仏様にお経を上げている様子が心に浮かぶ。

それをムスタファに伝えると、

「グランドマザーの思いを大事にするべきだ。でも、イスラム教はいつでも君と一緒にあるし、君が心の中でアッラーを尊く思うのは自由だ。」

と優しく寛大な答えが返ってきた。イスラム教徒は奥が深い。


<グルメレポート>

待ってました日暮れの時間!ラマダン中、約15時間ぶりに食べ物を摂取できる。ごくごく飲む水が五臓六腑に沁み渡る。ああ、アッラーよ!ありがとうございます!!

宿従業員のハミドとナデルが作ってくれた食事を頂く。
トマト味に焼いた鶏肉とタイ米のようなパサパサご飯にバターがけはチェロウ・モルグというイランの典型料理。卵とチーズとソーセージの炒め物を、トルコと違って紙のように薄いナンのラヴァーシュで巻いて食べる。付け合わせの紫玉ねぎは時折生のままかじって刺激を楽しむ。

デザートはアラブ特有のこってりした激甘お菓子が何種類もあり、どれも小麦粉に砂糖味をつけて揚げたものを蜂蜜漬けにしてある。食後は砂糖たっぷりのチャイを飲む。

断食効果で満腹を通り越しても歯止めが付けられないまま脂っこい食事を平らげ砂糖を過剰摂取する。日を追うごとにお腹周りがだぶついてきた…。

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旅人

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1983年生まれ。東大法学部卒。
社会人としてスタートを切る前に、夢だった世界一周へ。

尊敬:緒方貞子さん
趣味:バスケットボール、ベリーダンス、サーフィン、バイク

著書

メディア出演履歴

【雑誌】
『Zai』(ダイヤモンド社)「ミニ株バトルコーナー」連載(06年7月号〜07年7月号)
『社労士V』連載(日本法令)(07年10月号〜)
『メモ ノート200%活用ブック』(日本能率協会)
『クロワッサン』(対談 高田万由子さん)
『週刊現代』『女性セブン』
『CIRCUS』『日経キャリアマガジン』
『月刊人事マネジメント』
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