【アラブ首長国連邦】 五ッ星ホテル連れ込まれ事件
- 2007年09月26日(水)
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エア・アラビアが着陸した途端、機内のイラン人女性たちが勢いよくスカーフを取り去り、だぶだぶの上着を脱ぎ捨てた。
イランを出れば自由の身!
出国管理ゲートに座る、真っ白のワンピース型ディシュダシャに赤白チェック布のガトラを被り、アガールと呼ばれる黒い輪っかで留めた男性係員たちに送り出されて空港を出ると、すくっと天に向かって伸びる規則正しく並んだヤシの木。シーブリーズの清潔な芳香が色濃く漂う。
アラビア半島の金持ち王国・アラブ首長国連邦である。
ここには安ホテルが存在しない。Dubaiドバイ郊外にあるユースホステルでさえ1泊110ディルハム≒3000円でイランの首都テヘランのなんと5倍。
節約バックパッカーの身としてはお金をかけずにダンナを探したい、できれば、そう、石油王をゲットするのじゃ!
***
るんるん気分で手持ちの中でも高価そうに見える服に着替え、レモン型をした白亜の7つ星ホテル、バージュ・アル・アラブにセレブを探しに入ろうとすると、柵のところでガードマンのストップ。
「予約を確認します、お名前は?」
「予約はしていません」
「じゃあ入れません。」
「…えっと、ロビーで人と会う約束が。ミスター・ヤナギサワと。」
「嘘をつくな!」
あら、ばれちゃった。あっけなく退散。
***
次は超高級デパート、モール・オブ・ジ・エミレーツへ。
建物内に巨大な人工スキー場があり、白人のお金持ち家族がきゃあきゃあ楽しんでいる。商品の価格に手が出ないなどという素振りはひとかけらも見せず、ウインドーショッピングを楽しむことにする。
…ん?
誰かが尾けてくる。気づかないフリをして視界の端でそっと確認すると、どうやら白装束のアラブ人らしい。
果たして、そいつは20分ほどうろうろした後、意を決したように近づいてきて、
「May I help you?」
と、のたもうた。いえ、何も困っていませんが…。
よく見れば恰幅のいい推定50歳のアラブ人のダンディなおじさま。裕福そう。どうするのかと思っていたら、いきなり、
「お前を気に入った!」
と叫んだ。鴨がかかった!
性格の悪い私は内心ほくそ笑みながら自己紹介。石油会社系列の建設会社に勤めるモハメド・ダージ。車で国内を案内してくれるという。ただし、ラマダン中のため運転手に暇を出しているので自分が運転するという。
いいわよ、安全運転でよろしくね。
***
体良く助手席に乗り込み、まずはペルシア湾に建設中でヤシの葉の形をした世界最大の人工島、パーム・アイランドに乗り入れる。工事中だが、ヤシの葉の部分に高級マンションが放射状に広がっている。
ガソリン代がほぼ無料なのでびゅんびゅん飛ばして海沿いをドライブしてもらうと、ドバイから南西約100kmに位置する首都Abu Dhabiアブダビに到着。
王族所有の巨大すぎる建物を見て回り、そのまま東に約100km離れたAl Ainアルアインへ。海辺とは正反対で砂漠が美しく、観光客用の着飾ったラクダが群れをなして休んでいる。
イスラム教国の多くは4人まで妻を娶ることができる一夫多妻制だが、モハメドは妻が1人、子どもが3人いると言う。
「ワカ、よかったら第2夫人になるか?」
もしかして玉の輿プロポーズ!?でも第1夫人との間に子どもが3人もいるのよね…面倒そうだわ。
「あたし、セカンドは嫌なの」
そうかそうかと残念がるフリを見せるダンディ・モハメド。だんだん陽が落ちてきたので、断食を終えてディナーにしようとモハメドが提案し、近くの5つ星ホテルにあるレストランに入った。テラスにはプールがあり、高級アラブ料理が並んで優雅な気分。
食事を済ませると、モハメドの態度が急変した。
「上に部屋をとった。来ないと殺す。」
殺されては敵わない。わかった、と静かに言い、部屋に入った。
モハメドは私が大人しくついてきたことが嬉しくて仕方なかったらしく、部屋に入ると上機嫌。
モハメドの白いガトラを借りて遊んだりしながら頃合いを見計らって、
「まずはシャワーを浴びたいから、テレビでも見ていて」
と言ったら満足そうに横になってテレビを見始めた。
…チャーーーンス。
ホテルのバスルームは大抵入り口の近くにある。洗面台とシャワーの水量をMAXにし、トイレのレバーを盛大に捻ると、そっと荷物を持って部屋から飛び出した。
そのままフロントを速足で駆け抜け、ホテルから遠ざかったところで流しのタクシーを拾って飛び乗る。ドバイまでの約100km、さすがにドキドキして道中動悸が収まらなかった。あの人が本当に石油王の一族だったらどうしよう、ネットワークを使ってすぐ捕まっちゃう。
ちょっと調子に乗り過ぎたわ…。
***
玉の輿狙いを諦め、落ち着いてドバイの街を良く見てみると、出稼ぎらしい外国人労働者が多いことに気づく。ユースホステルのスタッフ、サーイフはバングラデシュの大学を卒業後、高給料目当てにやって来たらしい。
「バングラデシュであのままエンジニアになっていたら月給200ドル。ドバイのユースホステルのスタッフは倍の400ドルもらえるんだ。ここの人口の9割が外国人の出稼ぎ労働者だよ。」
華やかなドバイのイメージからはかけ離れた彼らの生活に興味をそそられ、サーイフの仕事上がりを待ってデートに連れて行ってもらうことにした。
移動にバスを使うのにまず驚く。セレブドライブを味わっていたときはバス停があるなんて気づきもしなかった。アジア人やアフリカ人で超満員のバスは何台かやり過ごさないと乗り込めない。
金アクセサリーを扱う市場として有名なゴールドスークに到着。ヨーロッパ人を始めとする観光客で賑わっているのを尻目に、スークの裏に入っていくと…驚いた。ここはまるでアジア。薄汚れた路地にバングラデシュ人がわんさか集まり、ちょっとしたバングラデシュ横丁を形成している。
少し歩くとインド横丁、イラン横丁、スリランカ、パキスタン、ネパール、フィリピン、スーダンやソマリア人もいる。観光地のすぐ裏側で、出稼ぎ労働者たちがコミュニティを作っていた。
サーイフはバングラデシュ横丁の屋台で300円ほどのカレーをベースにした鶏肉ライスを買うと、ゴールドスークの横の港に下りた。ちょうど夕陽が沈むのを見ながら一緒に海水で身体を清め、アッラーに祈りを捧げる。サーイフもバングラデシュで生まれた時からイスラム教徒である。
地面に座ってバングラデシュ式に右手で直に掴んで食べながら話す。
「僕は日本の女性と結婚するのが夢なんだ。」
「どうして?」
「結婚して日本人になれば一生良い生活ができるからさ。」
「ドバイに住むアラブ人女性と結婚した方が早いんじゃない?」
「無理さ。アラブ人たちは僕たちを馬鹿にしているから。日本人女性は優しいし金持ちだから大好きだ」
そう言って、熱っぽく見つめてきた。こりゃマズイ。玉の輿目当てで石油王を狙っていたけれど、まさかこんなところで逆玉狙いをされるとは。お金目当てのお付き合いはやっぱり良い気がしないものね。
丁重に断ると、是非とも僕を好いてくれそうな日本人の女友達を紹介してくれと何度も懇願してきた。うーん、尽力します…。
ドバイに林立する魔天楼の夜景の足元では、アウトサイダーの労働者たちが必死になって働いている。
<グルメレポート>
インサイダーの金持ちアラブ人モハメドと5つ星ホテルで食べたのはイスラム料理でお馴染みのケバブを中心としたバイキング。さすがに街中にはない、高級で柔らかなケバブだった。
一方、アウトサイダー代表・サーイフと食べたバングラデシュのライスカレー。右手をスプーンのように使ってカレー味のライスを食べ、合間に巨大唐辛子を齧って舌をひりひりさせる。
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