【オマーン】 シャネル5番は王家の香り

  • 2007年10月07日(日)
  • 20:14

到着したオマーンの首都Muscatマスカットは夜だった。ごつごつした岩山に囲まれ、オレンジ色ににじむライトで縁取られている。

男たちは、布ではなくクーマと呼ばれるコック帽のような円柱形を頭に載せている。一人ひとり異なるカラフルな幾何学模様が織り込まれ、よく見ると少し折り目を入れたり曲げたりして被り方を工夫している。
足首まで長いディシュダシャも白だけではなく薄い黄色や水色があり、まるでアイロンがかけられているかのようにピンッとしていて、まるでビジネスマンが着るパステルカラーのワイシャツみたい。右胸に香水を染み込ませるための房がついているのがオマーン流のようだ。

空港のタクシー乗り場にたむろしているメンズたちに近づくと、ひときわ背の高い30代くらいの男性が飛び出してきた。

「キミがマスカットを回るなら僕のタクシーに乗るしかない!」

決めつけ型の売り文句が面白かったので、この運転手ムハンマドのタクシーに乗ることに決める。

目をつぶって!と言われたので不可解ながら目を閉じていると、しばらくして

「OK,目を開けてごらん!」

目の前には夜景が真っ暗な海に映り込んですっごく幻想的!マトラ・コルニーシュの夜景だ。そのままスピードを上げ、オールドマスカット地区のミラニ・フォートという砦まで一気にドライブ。

陽気に英語でおしゃべりしまくりガイド役もこなしてくれるムハンマドは、3人の子どもがいる出稼ぎパパ。子持ちなんて残念無念…。家族はUAE近くの田舎町に住んでいるが、もっといい暮らしをさせてやりたくて、キャリアアップのため昼間はマスカットにあるスルタンクルアラーン大学で経済を勉強し、夜はタクシー運転手をして仕送りをしているという。なんと立派な心意気。

「20代半ばまではドバイで傭兵をしていた。UAEの兵隊は他国の若者で構成されていたんだ。兵制が変わって働き口がなくなったから転職したのさ!」

元軍人だけあっていい身体をしてるわあ。コルニーシュ地区のホテルに私を降ろした。フロントの男性に近づいたかと思うと、え!いきなりキス!?いや、鼻と鼻をくっつける瞬間に口をチュッと鳴らすオマーン男性式の挨拶らしい。

「明日の夕方また迎えに来るから!おやすみ!」

とムハンマドは風のように去って行った。


***


すっかり私の有料アッシーくんと化したムハンマドは、大学の授業を終えてホテルまで迎えに来た。

床に敷き詰めた絨毯の上に直に食事を並べる伝統的スタイルのレストランで夕食を共にしながら夢を語り合う。

「イスラム教徒たるもの、夢はハッジ(メッカ巡礼)に決まっているじゃないか。勉強して給料のいい仕事に就いて金持ちになって、メッカに行くのが僕と家族の夢さ。」

アラブ諸国ではチャンネルが無数にある衛星テレビが普通だが、いつでもサウジアラビアにある聖地メッカに建つ漆黒の巨大四角柱カーバ神殿とその周りを蠢く無数の白い教徒たちを写している局があるので、すぐにハッジのイメージが浮かんだ。

「イランで改宗し損なった?勿体ないことしたなあ。メッカはイスラム教徒じゃないと入れないし、あんなに素晴らしい巡礼をする可能性がないなんて可哀相に。よし、どんな風に巡礼するのか教えてあげる。」

ムハンマドの話によると、メッカについたらまず身体を清め、平等を規すため皆お揃いの2枚の布でできた服に着替える。ここからは、目が青くても緑でも、髪が金色でも、国籍がどこでも、金持ちでも貧乏人でも全く関係なく、ただ同じイスラム教徒という基準だけが存在する。

70万人を収容できるグランドモスクに入り、中に建つカーバ神殿の周りを反時計回りに7周する。

その後、山を越えたところにあるミナでコーランを唱え、さらに約5km離れたアラファト山など3か所を祈ったり石を拾ったり投げたり走ったりしながら移動し、ザムザムという泉の水を飲んで髪の毛を切ったりしてカーバ神殿に戻ってくる。

気の遠くなるような大人数での集団行動は、将棋倒しになって毎年何百人も死ぬというから凄まじい。

「一番素晴らしいのはアラファト山で仲間と語り合うことなんだ。アッラーとはどんな存在か、自分はどう生きるべきか、精神はどうあるべきか、とことんまで話し合うんだよ。ここで人格が確立されるんだ。アラビア語の素晴らしいところは国籍が違ってもイスラム教徒はほぼアラビア語を話せるところだ。」

うっとりとしているムハンマドは、まるで行ったことがあるかのように話す。

「巡礼を終えた人は家の戸に印をつけることができて、ハァッジュと呼ばれて尊敬されるんだ。」

巡礼についてここまで心酔させるイスラム教のエネルギーは計り知れない。


***


ムハンマドに送られてマトラ・スークという市場へ行くと、屋根つきの商店街のようにびっしりと店が並んでいる。ラクダの骨を使ったジュエリーボックス、金に貝細工を施したキャンドル立て、大魔神が出てきそうな磨き抜かれたランプ。

面白いのは例の帽子を売るクーマ屋で、何百種類ものクーマがウィンドーに並び、模様の細かさと刺繍糸の種類によって値段が変わる。

他の国の市場と最も違うのは、スーク中をなんとも言えない素敵な香りが漂っていること。オマーンの女性たちは日が沈むと黒装束の中に香を焚きしめ、夜の生活に備えると言う。平安時代の貴族みたい。

香料屋に行くと、最も高価なのは乳香、別名フランキンセンス。少し嗅ぐだけでエクスタシーを感じるようなこの成分はオマーンの特産物の樹液で、シャネルの5番や世界最高級香水アムアージュもこれがなければ作れない。太古から高貴な身分でなければ纏うことを許されず、しばしば争いの火種にもなってきた香料である。

このフランキンセンスを調合したバクル・ビタル・アラブはオマーンロイヤルファミリーのご用達。甘くエキゾチックなサンダルウッド、フレッシュなハーブのようなアル・バスタン、My Loveという意味を持つ可憐な香りのヤー・ハビビ。夢中になっちゃうこの芳香、次々と買い求める。

ダンナ候補を見つけた暁にはフランキンセンスを焚きしめて、甘〜い夜を過ごすべし。


<グルメレポート>

絨毯の上に座り、足元に料理を並べて食べるのがオマーンの伝統。ムハンマドのお薦めはつぶした米にチキンとチーズを乗せ、牛の脂をかけたArseeya。Habbaar Makhliというイカフライが絶品。Harees Lahamはモチモチした食感のハンバーグで、インド移民がもたらしたカレー味のオマーンパンによく合う。

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旅人

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1983年生まれ。東大法学部卒。
社会人としてスタートを切る前に、夢だった世界一周へ。

尊敬:緒方貞子さん
趣味:バスケットボール、ベリーダンス、サーフィン、バイク

著書

メディア出演履歴

【雑誌】
『Zai』(ダイヤモンド社)「ミニ株バトルコーナー」連載(06年7月号〜07年7月号)
『社労士V』連載(日本法令)(07年10月号〜)
『メモ ノート200%活用ブック』(日本能率協会)
『クロワッサン』(対談 高田万由子さん)
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