【イスラエル】 深紅の薔薇とユダヤ人アイデンティティ

  • 2007年10月26日(金)
  • 22:24

そこには、美し過ぎる軍人ガールズがいた。

イスラエル入国は難しい。ヨルダンの安宿に泊まっているバックパッカー同士で協力し、入国の作戦会議を開く。
イスラエルに足を踏み入れたことがわかると、今後周辺のイスラム教国に入国できなくなる恐れがあるため、パスポートは別に入国スタンプを押してもらうカードを用意し、パスポートにべたべた貼られる荷物検査の待機シールの跡が残らないよう、透明のビニール袋を切って作ったカバーをパスポートにかぶせる。

ユダヤ教の安息日シャバットでいかなる労働もしないと言われる土曜日を避けた日の朝、お互いに起こし合い、万一の渋滞を避けるため6:30発のジェットバスに乗り込み、国境のキングフセイン橋に直行した。

キングフセイン橋の前で入国専用のバスに乗り込む。あらかじめ両替してお釣りが出ないようにしておいた1.5ヨルダンディナールを運賃として支払う。橋を通過できるのは1日のうち午前10時のみ。銃を構えた兵士が警戒する中、バスに揺れられて到着した入国管理(イミグレーション)棟の前で、荷物と完全に引き離され、パスポートの表紙に3センチ四方ほどの白い待機シールが貼られた。
入国審査を待つ間、荷物は別途中身を調べられる。

手ぶらになって入国受け付けの部屋に入ると、ずらっと並ぶ10人以上の係官が、みんな眼を見張るほどの美女ばかり!

イスラエルでは、17歳から男女とも兵役に就き国防の任にあたる。女の子も迷彩服に身を包む。そのうち、綺麗な子は優先的に国境の窓口に配置される。
入国者への異様な神経の尖らせ方は不快感も伴うけれど、これだけの美女が勢ぞろいしているのは目の保養だわ!

様々な国籍の人が並んで順番を待ち、やっと私の番。
パスポートに押されているスタンプを見た金髪のイスラエル人美女はサッと顔色を変えた。

「なぜイラン、イエメン、レバノンに行った?」

「えっと、ダンナを探しに」

「は?意味がわからない」

すんません、観光ッスというと、じろりと睨まれ、父親の職業と名前を聞かれた。

イスラム教国と一触即発の関係にあるイスラエルは、イスラム教国の入国スタンプを持つ者を強く警戒し、特に仲が悪いイラン・イエメン・レバノンを持っていると要注意人物扱いされる。うう、私、その大三元揃ってます…。

後ろの椅子で待っていろとぶっきらぼうに言われた。あらら、そんな怖い顔したら綺麗な顔が台無しよ? そのままじっとしていること3時間。大勢いた入国希望者たちは、入国を許可される一方、追い返されたりもして、ほとんどいなくなった。

ふと、日本人の女の子が一人同じように待たされているのに気がついた。
法政大学大学院でパレスチナ研究をしている祐花(ユウカ)さん。イスラエルに入国するのは4回目で、当局に目をつけられているという。

「何度も来るからスパイじゃないかって危険人物扱いされてるの。私がメールをやり取りしているパレスチナ難民の女の子の名前までなぜか知っていて責められたわ。どうやって調べたのかわからないけれどすごい情報網よ。」

さらに1時間待たされ、やっと入国が許可された。
ユウカは別途呼ばれ、目の前でパスポートにファンデーションのスポンジのようなもので蛍光の黄色の粉をかけられた。これでお前が怪しいことをして出国しようとしても赤外線にかざしたらすぐバレるから、心して置くように!だって。

入国許可のスタンプを押してもらうとき、用意しておいたカードを差し出すと、黙ってそれに押してくれた。うう、よかった。
イスラエルスタンプを押されたために他のイスラム国家に入国を拒否され、パスポートを再発行した旅人もいると聞く。
荷物シールも透明ビニールカバーに貼られたため、剥がして跡が残る心配がなくなった。
 
ユウカと連れ出ち、聖地Jerusalemエルサレムへ向かった。

***

長ーく垂らした髪を三つ編みに結い、ひげを胸のところまで伸ばし、なんと金色のモミ上げをお蝶夫人よろしくクルクルクルと縦ロールに巻いた男性たちが一斉に泣き声を上げている。

ここは「嘆きの壁」の前。

一昔前のデザインに見えるダボっとした黒いタキシードを着て、頭にはシルクハットか、頭頂部ハゲを隠すような丸い帽子…失礼、河童帽子を被っている。

この髪型と服装が実は正統派ユダヤ教徒の正装。この格好をした彼らが真剣に壁の前で嘆いている様子は滑稽、いやいや、摩訶不思議、である。


一途なところが素敵!
と、単純な私は正統派ユダヤ教徒のメンズをナンパしようと試みるも、彼らは無視して目も合わさず急ぎ足で立ち去っていく…どうやら、正統派ユダヤ教徒はそのコミュニティ以外では会話をしない非常にシャイな人たちらしい。

エルサレムはユダヤ教・キリスト教・イスラム教3宗教の聖地である。
古代ソロモン王が建設したエルサレム神殿が壊されたことを憂うためのユダヤ教の「嘆きの壁」、その上部にはムハンマドが昇天したというイスラム教徒の「岩のドーム」、すぐ近くにイエス・キリストの墓といわれる「聖墳墓教会」が位置し、エルサレムが歴史的にいかに各宗教の複雑な兼ね合いを内包した場所であるかを想起させた。






そこへ迎えに来てくれたのは、トルコで出会ったイスラエル人ベリーダンサーのソフィー。新婚のダンナ様エリッツと一緒に迎えに来てくれた。

「それで、ダンナのどこに惚れたねん。」

と、新婚さんいらっしゃ〜い♪の桂三枝のように新婚夫婦にちょっかいを出すと、

「全部よ」

と答えるアツアツぶり。披露宴では花嫁自らベリーダンスを披露したという。私も早く結婚したい!

「エルサレムはユダヤ人が住む西側とアラブ人が住む東側に分かれているんだよ。」

車で案内してくれた西側はヘブライ大学、省庁などが集まる近代都市。
丘の上から見下ろすと、都市計画に従って白い壁でできたおしゃれな建物が立ち並び、遠くに金ピカの岩のドームが見える。私たちが宿をとっている下町めいたアラブ地区と全然違う雰囲気だ。


パレスチナについてどう思うかさりげなく聞くと、夫のエリッツが

「彼らは自分たちの利益しか考えず、迷惑ばかりかけてくるんだ!イスラエルでは落ちているものを拾ってはいけない。パレスチナ人が仕掛けた爆発物かもしれないから。そういった民間人の動きをパレスチナ政府がコントロールできないから、代わりにユダヤ人が統制してるまでだ」

と憤慨したように言い、ソフィーがなだめ、

「これは微妙な話題だからやめにしましょう」

と言った。やはりタブーなのか。

街を行くと、世界各地に離散していたユダヤ人で作った国家だけあって、髪の色や目の色がバラバラ。若いイスラエルボーイたちは国に心底誇りを覚えているのか、国旗の青と白のカラーを身に付けて歩いていた。


***


金曜日は、日が沈むと、一切の労働をしてはいけないユダヤ教の安息日シャバットに入る。
昼を過ぎるとて全ての店が閉まり、バスが止まり始めた。お母さんたちも掃除や洗濯など全て済ましておかねばならないという。

ばたばたし始めた旧市街の小綺麗なユダヤ人街をぶらぶら歩いていると、例の河童帽子をかぶった男性に声をかけられた。ユダヤ教徒のサロモはイタリア系ユダヤ人で、以前日本人のガールフレンドがいたらしい。

「ユダヤ教に興味があるなら、シャバットパーティーがあるから一緒に行かないか?」

そのまま一旦別れて日没。男性のみのしきたりであるシナゴーグ(教会)で礼拝を終えたサロモが、
「プリンセス・ワカにプレゼント」と真っ赤なバラの花束を持って颯爽と宿に迎えに来た。



世界中どこを探しても、赤いバラの花束をもらって嬉しくない女はいない。サロモのリードを嬉しく思いながら、彼の友達の家に向かった。安息日は車の運転をしてはならないので、歩いて行った。

サロモの友達の家には、近所から集まって来たと思われる30名近い人たちが、蝋燭が灯された居間に思い思いに座り、旧約聖書を手にしていた。裕福そうなことを除けば、いわゆる普通の中年の夫婦が多い。
家主がヘブライ語で聖書を朗読すると、それを全員が復唱する。

旧約聖書のモーセの十戒には、
「神は天と地と海と全てのものをおつくりになり、7日目に休まれたから、神はシャバット(安息日)を祝福して聖別する」
とあり、それが安息日の元になっているという。
敬虔なユダヤ教徒は車の運転はもちろん、電気のスイッチを入れてはいけない。すごい徹底ぶり。でも、スイッチを触ってはいけないだけで、なぜかスイッチを入れっぱなしにしておくのはいいらしく、日没前から全ての電気機器はつけっぱなしにしてある。

朗読が終わると、みな一斉に立ち上がり、歌を歌い始めた。少し物悲しい、でも美しいメロディである。そして順番に赤ワインを飲む。
あとは晩餐会。それぞれが家で手作りしてタッパーに入れて持ち寄った料理を広げ、わいわい言いながら立食。


サロモによると、ユダヤ教徒たちはこれを毎週やっているという。毎週!毎週金曜日の昼間に大急ぎで用事を済まし、夜はお祈りをして歌ってパーティ。翌日の土曜日は車の運転や読書さえせず(労働にあたるため)、家族団欒で過ごすという。

ユダヤ教の戒律、恐れ入りましたわ。敬虔なユダヤ教徒のイスラエル人と結婚したら、毎週これをやらなければならないのね。

***

旅の面白さのひとつに、それまで想像もしていなかった“出会い”があるが、それは人に限らず本にも起こる。
後にアフリカで出会うコウヘイは、日本から各国大使館宛に書物を送ってもらい、それを読みながら旅をしていた活字の虫だが、彼が貸してくれた本に内田樹氏の『私家版・ユダヤ人文化論』があった。

ここからとても難しくなるので読み飛ばしてもらっても構わない。

ユダヤ人をめぐる議論は様々あるが、なぜここまで世界中から注目され、なぜ様々な国で突出した才能を持つ民族だと一目置かれ(特にハリウッドで顕著である)、なぜ国家建設に固執し、国土の周りを全てイスラム教国に囲まれていることに対し厳格な入国審査と国民皆兵制を敷きながらも、独立性を担保しようとするのか。その精神的エネルギーはどこから来るのか。
内田先生の本は、それを考えるヒントになったように思う。

「自分が現在用いている判断枠組みそのものを懐疑するする力と、『私はついに私でしかない』という自己緊縛性を不快に感じる感受性」は「イノベーティブな知的資質」であり、それを常態にすることは「ある種の知的拷問」だが、それに耐えうる能力を威圧的・強化的に「成員条件」にしているところにユダヤ人の特質がある、と内田先生は言う。

実を言えば、世界一周を続けていく中で気づいたことは、だんだん自分の外側よりも内側の旅をするようになってくるということである。次々に起こる外面的刺激に精神がある程度麻痺すると、なぜ?と問うベクトルが遺跡や歴史や文化や自然から、自身の存在に向くようになってくる。
寂寥感、自己批判、なぜ私は生きているのかという疑問。
自分が陥ったこの精神状態を辛いながらも非常に興味深いと思っていたが、これを間隙なく続けるのがユダヤ人だとしたら、その経過後に相当のブレイクスルーが生まれるのは同意できるかもしれない。

<グルメレポート>

イスラエルは世界中に離散していたユダヤ人が創った国家であることを反映して、帰還者たちが持ち寄った約80もの国の世界各地の料理が楽しめる。もちろん日本の料理も例外ではない。ソフィー夫妻に連れて行ってもらった高級レストランには、ソバ、ラーメン、オニギリ、味噌汁。ホウレンソウのお浸し、揚げだし豆腐のメニューまであった。ただし味付けはイスラエル風。



さて、シャバット料理には制約が多い。まず火を起こしては。そのため、みな金曜日の日没までに2日分の料理をし、過熱はとろ火をつけっぱなしにしておく。電気のスイッチに触ってもいけないため、日没後は電子レンジを使えない。
豚肉を食べてはいけないという戒律に加え、牛肉や鶏肉も決められた捌き方をしたものでないと口にしてはいけないという。サロモの友人宅の持ち寄りパーティーでは、塩をつけて食べるパン、パプリカを多く使ったサラダ、紫キャベツを使ったマリネ、金時豆の炒め物、ローストチキン、マッシュルームで煮たビーフなどがずらりと並べられていた。

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旅人

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1983年生まれ。東大法学部卒。
社会人としてスタートを切る前に、夢だった世界一周へ。

尊敬:緒方貞子さん
趣味:バスケットボール、ベリーダンス、サーフィン、バイク

著書

メディア出演履歴

【雑誌】
『Zai』(ダイヤモンド社)「ミニ株バトルコーナー」連載(06年7月号〜07年7月号)
『社労士V』連載(日本法令)(07年10月号〜)
『メモ ノート200%活用ブック』(日本能率協会)
『クロワッサン』(対談 高田万由子さん)
『週刊現代』『女性セブン』
『CIRCUS』『日経キャリアマガジン』
『月刊人事マネジメント』
『週刊ダイヤモンド 別冊特集』
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